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素朴な疑問

1300三学無縁:2004/05/12(水) 17:31
風来坊さん
問答迷人さん

たしかに、道郷二師の問題、石山初期の大きな問題であると思います。
目師の京都行に随伴したのが、郷師と尊師であるという説の初出はいつごろまで遡ることができるのでしょうか。
今、まったくの資料なしなのですが、せいぜい家中抄あたりではなかったでしょうか。
ただ、家中抄よりも早く、房山のだれかの記述では、随伴したのは道師と尊師で、郷師は石山におられた、というものがあったように記憶しています。
尚、道師がいたのは北山ではなく、「下坊」とあったように思います。
「下坊」がどこであるか今特定できませんが、それが事実であるとしたら、道師に石山留守居つまり四世の自覚はなかったことになるのではないでしょうか。
郷門否定は行師時師あたりによる必死のあがきのように思えます。


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