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素朴な疑問
1223
:
三学無縁
:2004/04/02(金) 21:09
れんさん。
>主師筆の大石寺図絵を見ますと、本堂を中心に右に天経、左に御影堂が記されており、十四世日主師の代までは石山では本堂と御影堂が別棟であったことが判明します。
じつはこのことがわからないのです。
石山の所伝では、本堂建立は「三堂一時」ということだったと思いますが、建立時期はいつごろまで遡れるのでしょうか。
しかも「三堂一時」は広宣流布の時、ということではなかったでしょうか。
かりに当時本堂があり、そこに弥四郎マンダラが安置されていたとしたら、それは非信徒にも公開されていた、ということになります。
石山では達師の言にあるように、広宣流布の時までは謗法多きゆえ公開しないとされていたはずですが、これについてはどのように考えるべきでしょうか。
石山本堂の初見についてもご存知であればぜひお教え下さい。
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