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素朴な疑問

1155無徳:2003/12/31(水) 19:34
先日早稲田の古本屋で『日蓮聖人の法華色読史』(蛍澤藍川著)なる本を買いました。

その中に龍象房の食人に関する記述がありましたので、参考までに紹介します。

長文になりますので2回に分けて投稿させていただきます。

建治三年の春、鎌倉に不思議な事件が出来した。それは人肉をたべる事が流行した
事とである、埋葬したばかりの死人の墓をあばいてその肉を食するは素より、甚し
いのになると、死者を運搬する途中などで、ついて居るものゝ眼をかすめて死者の
腕を切取るなどの乱暴もあった。

其當時「龍象房」といふ僧が京都から下って鎌倉に来て居た。この龍象房は比叡山
の僧で、「天台座主記」に龍象上人とあるので見ると相當の地位を占めて居た僧で
あるらしい。
     
処がこれが何かしら非常な不始末を演して比叡山を出奔した。其事は「天台座主記」
の建治元年の條に

 四月廿七日、山門衆徒群下、集會東光寺差遣公友丼犬紳人於寵象上人住房焼払
 之、於中山住房者犬神人等破取之

とあって、住房を焼却するといふ位だから餘程の悪事に違ひないが、その悪事の性
質に就は何とも記載がない。それが日蓮聖人の記述によると、此龍象房は人間の肉
を食したことが露顯したので京都に居る事が出来なくなって逐轄したといふ事であ
る。

聖人が後に四條金吾の潟に認められた「頼基陳状」の中に

 彼龍象房は洛中にして人の骨肉を朝夕の食物とする由令露顕間、山門の衆徒蜂起
 して世末代に及で悪鬼國中に出現せり、山王の御力を以て對治を加むとて住所を
 焼失し、其身と誅罰選とする処に、自然に逃失し行方を不知処に、たまたま鎌倉
 中に叉人肉を食之間情ある人恐怖せしめて候に云々

とあるので、其露顯の機會もほぼ知られてわる。

尤も其當時人肉を食するといふ事は龍象房ばかりの問題ではなかった榛である。

聖人の遺文によれば、龍象房などがこの方の先達ではあったが、實は真言の邪法か
ら出て、ついには一般に人肉をたべる事を何とも思はなくなったのである。

今日本國亦後 如 是、真言師禅宗持齋等人を食する者國中に充満せり、是偏に真言
の邪法より事起れり、龍象房が人を食ひしは萬が一顯れたるなり、彼に習て人の肉
を或は猪鹿に交へ、或は魚鳥に切り雑へ、或はたゝき加え、或は鮨として売る、食
する者数を知らず。

続く


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