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素朴な疑問

1120犀角独歩:2003/12/07(日) 14:30

アネモネさん:
愚鈍凡夫さん:

救世主思想ということについて、

昨日、神学者であるA先生に「ミトラ」「キリスト」「ギリシャ語聖書」について、お尋ねしました。
立ち話で、記録を取ったわけでないので、やや不正確な点があります。
この点は先にお詫び申し上げておきます。

「ミトラとは」とお尋ねすると「古代神秘主義のひとつです」と、まずこう説明されました。わたしはキリスト(救主)がこの変形であるとする岩本説を受け入れていたのですが、原始キリスト教の時点では、ミトラ信仰は、否定的にとらえられた異教の神秘主義とする記述が確認できるとのことでした。祖型は同一でありながら、原始キリスト教団成立の頃では既にまったく別の存在と認識されていたという意味と取れました。

「キリスト」については、ここで記された如く、やはり、「救い主」、つまり救世主としての意味を筆頭に挙げられていました。続いて、より原語から意味を説けば「救いの神」ということになるとのことでした。また、キリストと、カリスマは同一の祖型から生じた言葉であるとのことでした。これにはやや驚きました。

「新約聖書がギリシャ語で書かれた」と理由については、1050にLeoさんが記述くださったとおり、当時の共通語であったからということでした。アレキサンダー大王の功績のひとつに数えられるとのことでした。

しかしそうなると、新約聖書の成立は4世紀以降のことになるということになります。
偶然といえるかどうか。羅什が生きた時代でした。

ハーバード・神学を卒業した博士であるこの先生は12カ国語に通達した優秀な学者さんです。しかし、単に学問の世界に留まらず、カルト問題解決の先頭に立ってきた方でした。わたしがもっとも尊敬する方の一人です。

上述、あまりにも大雑把なご報告ですが、皆さんに保管していただければ有り難く思います。


この先生との話とは離れますが、ギリシャ語ということを聞くと直ちにわたしが思い出すのは『ミリンダ王の問い』(ミリンダ王問経)です。ギリシャ人の王・ミリンダとインド人の僧との対話で構成されるこの物語(経)は、東西文化交流、シンクレティズムを探る何かの鍵になるのではないのかとわたしは思っています。
既に、この点に興味をお持ちになってお調べになっている方がいらっしゃいます。その成果を開陳いただければ有り難く存じます。


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