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素朴な疑問

1102三吉:2003/12/04(木) 07:25
渡辺さんは、「仏教の寛容の精神」と言われるが、疑問点がある。仏教に寛容の精神を根付かせた代表は、アショカ王で、彼は宗教対立を憂い、仲良くしろと指導した。大衆部はそれに乗り、南伝分別説部や他派は大衆部に続いて乗った。(律を改変した)最後まで抵抗を重ね、しぶしぶ従ったのが説一切有部。説一切有部は、「教義解釈が分かれれば相手を認めない」ことに最後までこだわった厳格派(律を改変せずに解釈に変更を加えた)。一方大衆部は、「解釈わかれども儀式同席すれば、仲間」という穏健派。アショカの政策に一番に従ったので全土に繁栄する。有部は独善的な厳格派だったので、当時の中心地の旧マガダなど東北部ではよわく、新興の西北部に進出する。
仏教中に、寛容派、厳格派あり、中間ありで、寛容一辺倒ではない。遡れば、舎利弗VS提婆達多の争いは、「寛容派」と「厳格派」の争いだし、「アナンダ」と「マハーカッサパ」「アヌルッダ」も「寛容」と「厳格」だし、「大衆部」と「上座部」もしかり。
その後、有部はカニシカ王の時代に支持をえるので、長く繁栄するのだが、有部の独善性と、法華の独善は似ているのではないかと思う。渡辺さんの殊更、法華を狂信的なグループの手によるものと見る説は少なくとも多くの学者から批判されている。
私はさほど根拠があるわけではないが、「菩薩観」「厳格派」「地域的特性」からも有部が法華になんらかの影響を与えたか、たまたま似ているのかはわからんが、仏教の中で法華が特異だとは思わない。厳格派の系列だから、厳格派の代表、提婆達多も偏見なく描けたのだと思う。(提婆達多は、独立グループとして存立し続けた。門下にとって提婆達多は仏陀)


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