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素朴な疑問

1068三吉:2003/12/02(火) 19:30
一般的に言われているジャータカと菩薩は、単純に結びつかないということをもう少し・・。
前2Cのバールハット遺跡碑文には、「菩薩」とジャータカレリーフが結びついてないことで知られており、1C後半のマツラー仏塔レリーフのジャータカと「菩薩」は結びつきます。
「菩薩」という語は仏教では古くはなく、部派には遡れるが、初期には遡れない。
前2Cから後1C後半までの間のいつかに部派それぞれに順次に生まれたのではないかと思います。(平川さんは、前2C説に立たれているが実証的ではない)
南伝パーリの「菩薩」は、仏となると確定している者の修行時代の表現として定型句的に使用されているらしい。「私がまだ正覚を得ない菩薩であった時」という定型句が数多く見られ、「成仏以前の釈尊は菩薩と呼ばれるべきだ」という理解があった、ということらしい。
説一切有部が伝持していたと言われている中・雑阿含に「菩薩」の語はないそうです(雑阿含のアショカ王伝の箇所ともう一箇所菩薩は見られるが後世の付加らしい)。ここで大事なのはパーリで「菩薩」と言っている箇所が漢訳中・雑阿含では菩薩が省かれている箇所がみられるということ。パーリに比し、中・雑阿含が特に古形なわけではないので、有部は最初菩薩概念を拒否し、部派時代が進むうちに「発智論」の頃より菩薩概念を受け入れた、と。(しかも一説によると有部には「発智論」を主張したグループと拒否したグループがあると言われている。地域で別れている。詳しい情報は未確認)
しかし、論書「発智論」や「大毘婆沙論」「異部宗輪論」などには菩薩は言及されており、その後有部は、南伝分別説部と菩薩概念を巡って解釈に対立・議論があっていたことをしられている。(32相がないと菩薩といえないと主張する「大毘婆沙論」と、それを批判する南伝派の雄ブッダゴーサ。32相があっても、転輪聖王になれば仏にならないと批判。有部説としてではなく、32相菩薩説は北道派所説として批判)


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