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素朴な疑問
1067
:
三吉
:2003/12/02(火) 19:30
とりとめなく横から失礼。
①菩薩という人間像は、授記思想から生まれたと平川さんは言われています。
「ジャータカ」「弥勒菩薩」「仏伝文学の中の燃灯仏授記思想」が一般的に菩薩概念と結合して語られ、この掲示板でも「ジャータカ」との関連が当たり前のものとして論じられていますが、「ジャータカ」自体から菩薩概念が生まれたのではなく、元々あったジャータカに後代成立した菩薩概念を紀元前後に結合さし、現代人がジャータカと呼ぶものがジャータカの主流になったと言うことだ思います。ややこしい・・・。
(Aジャータカは、釈尊以前、「現在の人物・事件」に因んで過去を語る形式の単なる教訓話であった。B仏教はこの形式を主に僧侶に対する教訓話として説法の一形式(九部教の一支)として取り入れた。C前2Cバールハットレリーフのジャータカは、初期の生き残りであり、動物が人とが未分化なアニミズム的な素朴な状態を示す。釈尊の前世物語ではなく、釈尊と結びついてないジャータカが主流。D後1C後半マツラーのジャータカは、英雄的なジャータカで発展的な形態を示す。この頃緩やかに釈尊の前世物語に結び付けられる。E五ニカーヤ4阿含に教法が分類されたときジャータカは、あるいはバラバラになり、蔵外に集められ、僧侶に対する説法(生活上の教訓話)から、在家に対する説法と転化した。現代の南伝パーリのジャータカは、おもに在家用である)
弥勒も長阿含の大本経などにまず登場するが、弥勒菩薩というように菩薩として書かれていず、仏として描かれている。つまり弥勒と菩薩は、菩薩概念登場後、結びついた。
仏伝文学を作った最初期の仏弟子たちは、現代人と違い、人間ゴータマの伝記を書こうとしたのではなく、仏陀となるまでの原因、つまり成仏するのにはどれだけの努力が必要かという観点から描いたので、修行の困難さ、時間のかかることをやたらに強調する。「無量百千万劫」「無数劫時」の修行だそうである。しかし彼は、先輩(燃灯仏)を見て、菩提心を起こし、必ず仏になると決意し、しかも仏から将来仏になると保証される。
この将来仏という保証が、仏伝文学の特徴で、菩薩概念は、「仏になることを約束された修行者」としてはじまったといいうるかもしれない。
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