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素朴な疑問

1003愚鈍凡夫:2003/11/26(水) 14:02
問答迷人さん、ご賛同頂きまして有り難うございます。
アネモネさん、菩薩の在り方ですか・・・・・。一言で言うのは難しい。 (゜ペ)ウーン

ハードディスクを検索したら、こんな資料がありました。
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Ⅰ、大乗仏教以前の菩薩
①、釈迦菩薩の登場→菩薩の登場は紀元前2世紀頃の部派仏教時代であろうといわれている。菩薩の始まりは釈迦菩薩である。即ち、仏陀の成道までの修行時代を菩薩ということから始まっている。歴史上で言えば、釈尊の出家した29才から成道した35才までの修行時代の6年間を菩薩といったのである。
②、仏伝・ジャータカの菩薩→信仰に基づく宗教上の仏伝やジャータカの世界の菩薩は歴史事実上の世界の菩薩とは別のものである。例えば、ほぼ紀元前2〜1世紀のものとされるバールハットの彫刻では釈尊のマーヤー夫人への入胎は「世尊入胎」と、また、アショーカ王の建てたルンビニー園の碑文も「世尊誕生」となっているという。ここでは、釈尊は生まれた時から既に仏陀となっていたのである。従って、釈迦菩薩は前世ということになる。しかし、文献上では「世尊入胎」は「菩薩入胎」、「世尊誕生」は「菩薩誕生」となっているという。平川彰著作集第3巻236頁で「当時はまだ菩薩の用語は一般に通用していなかったといわれる。」ごとく菩薩となるべきところが世尊となったのであろうか。また中村元選集[決定版]第21巻104頁にも「原始仏教や伝統的保守的仏教では、前世、またはさとりを開くまでの釈尊を菩薩と呼んでいる」と述べている、この「前世」は「釈迦菩薩は前世」と同じであろう。

************************************************** (※1)

菩薩とは、仏教史の上から見るとこういうことなのでしょう。さらに、
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白衣・居家の維摩詰→白衣は世俗の人の着物で、修行僧は色のついた衣を着ていた。『方便品』には「白衣を着けた世俗の人であるけれども修行者の清浄な戒律の行を奉持し、在家の人であるけれども欲界・色界・無色界の三つの迷いの世界に執着していない。妻子ある姿を示しているけれども、常に清らかな行を修している。」と。即ち、維摩詰は妻子のある家にいて自ら生計を営む世俗の人であった。
(中略)
維摩詰は菩薩 →「娑婆という名の世界がある。仏は釈迦牟尼と号す。今現在、五濁の悪世において、小さな教えを願う衆生の為に教えの道をひろめている。そこに、維摩詰という名の菩薩がいる。不可思議解脱の立場から、諸々の菩薩の為に法を説いている。」(『香積仏品』)

************************************************** (※1)

とあります。このことから言えば、出家・在家に関係なく「菩薩」という用語は使えるようですね。仏法を拠り所として、衆生を悟りの道に入らしむる人を菩薩というと言えるでしょうか。

ところで、小生の手元に「女子パウロ会」出版の「マザー・テレサ 愛の言葉」という絵本があります(カトリック信者の友人から贈られたものです)。
この中に、
「人は一切れのパンではなく 愛に、小さなほほえみに 飢えているのです。

だれからも受け入れられず だれからも愛されず 必要とされないという悲しみ
これこそがほんとうの飢えなのです。

愛を与え 愛を受けることを知らない人は 貧しい人のなかでも もっとも貧しい人です。」
との言葉があります。「心の貧しさこそが、本当の飢え」であるとの意味だと思いますが、不軽菩薩の礼拝行とは逆説的な意味で興味深いです。
不軽菩薩は人々の中に「仏性」を観じ、それを礼拝した。マザー・テレサは人々の心の中に飢餓を観じ、それを救済したいとの思いに駆られた。ということでしょうか。
しかし、「救済」という結果から見れば同じことなのかもしれません。
結局、「助けを必要とする人」の手助けをする行為全般が、菩薩行と言えるのではないでしょうか。

※1 『 「維摩経」の研究レポート (1)、「維摩経」の菩薩』
http://www5.ocn.ne.jp/~ono13/page59.html


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