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六巻抄について
79
:
いちりん
:2002/03/25(月) 09:26
ちょっと室町時代のことを、調べてみますと。
まず、鎌倉末期に、日像によって妙顕寺の「四条門流」がひらかれ、南北朝時代には、本国寺の「六条門流」がひらかれる。
室町時代には、新宗教として、「法華宗」と「真宗」が活発にひろまりまった。
真宗は、蓮如の活躍によって、北陸の農民に広がり、法華宗は日像の力による。日蓮は幼少の日像さんを見抜いて、伝法を託したとも伝えられる。
日像は、後醍醐天皇から布教の勅許を得たり、足利直義から将軍家の祈祷を託されたりして、法華宗が一気にメジャーに踊り出た。
そもそも法華宗は、現世利益っぽいから、京都の町衆にどんどんと広まった。
応仁の乱の前夜には、京都の町衆の大半が法華信仰に帰したともいわれている。
(ちなみに、1536年の「天文法華の乱」では、武装した比叡山の僧兵によって、法華宗の21本山は、すべて灰燼に帰してしまい、以後十年間は、法華宗の布教は許されなかった)
法華宗は、日本の中心地・京都において、もっとも活発でダイナミックな新宗教として広まっていったのだと思います。そのなかで、教義論争が沸騰していった。なにしろ日蓮主義は、教義論争が大好きだから。
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