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六巻抄について

56独歩:2002/03/16(土) 15:35

観心の、聖人の受容というのは実にいろいろと考えられると思うのです。
観心というのは、いちりんさんがおっしゃるように観法と置換することも痛痒はないと思います。

原則でいえば、教相と観心でしょうし、また、問答名人さんが引かれた法華経題目抄の百二十重妙(天台と聖人では法数の取りが違う)、本尊抄では四種三段の観心三段…、それにしても白米書は独自の世界を展開されていると感じます。また顕正居士さんが「奇怪」と仰せになられる立正観抄では一心三観論として展開されています(この書を奇怪と仰せになられるのはどのような意味であるのか文面からは計れませんけれども、しかし、私も同様に「?」を付す書です)

注視すべきであると思うのは、寛師が独自の五重相対義の説明のなかで登場する観心はいみじくも五重相対と違う配立を示している点です。問答名人さんが

> 教相は、権迹相対し、本迹相対して、法華経本門を選び出す事によって尽きており、観心とは、その後の、法華経本門の教えを如何に実践するか、という時点で、観心というあり方が問題にされる

と問われるのは至極当然のことで、本迹に次ぎ観心を言うのは四釈であって、つまり、因縁釈・約教釈・本迹迹・観心釈でしょう。ですから、本迹相対の次に相対を立てるのであれば、むしろ本(門)観(心)相対とでもしたほうが、むしろ自然な気が、私はしてきました。まあ、この点は煩雑になりますのでのちに譲ります。

いずれにしても聖人において、観心を代表して述べるのは本尊抄ということになると思うのです。ここで、この題号『如来滅後五五百歳始観心本尊抄』の“観心本尊”とは、どのような意味となるのかが問題になると思います。同抄に説くところは四種三段なので、その結論をもって文底・観心とするのも至極で、また、観心を十法界を観ること、すなわち一念三千を観ることとするのも至極であろうかと思います。ただ、私は寛師が言う「観心(信心)の本尊)というのは、どうも納得できません。

本尊を論及されるのに己心観心(法)の末、本門教主釈尊をして本尊とする結論に至られるわけですが、ここでいう本尊と観心と関係は、観心の本尊というより、「心で観る本尊」という意味合いが強いように思われます。つまり、観心の本尊というような観心=本尊の関係ではなく、心で観るのは一念三千(法)と本尊(仏)という二立であると思えるわけです。もちろん、詰まる所、法と仏を一体と見なすことは誤りとはいえませんが、はじめから束ねてしまって論ずるべきではないように感じます。文底・観心は通常、四種三段の

又於本門有序正流通…十方三世諸仏微塵経々皆寿量序文也

というのであって、ここに三世間が成就し、事一念三千(法)がなり、その教主(仏)、すなわち本尊も明らかになる、この点を心で観ることを観心本尊というのであろうと思うわけです。また、付言すれば、これはまた、釈迦牟尼の在世(正法)でもなく、天台の時(像法)でもなく、聖人の時、すなわち、末法に始まることを言うのが「如来滅後五五百歳始」であって、末法の機とすることを

末法之始為正機

と述べられるのでしょう。ただし、これは機の辺で論ずる故に、末法が優れているとか、釈迦・天台より日蓮が優れているなどという論点とは違っているはずです。

つまり、聖人における観心法門とは記上の文底・事一念三千であり、その教主を五百塵点成道・本門釈尊とするわけです。

ところが寛師は、ここを本門・一念三千ともに理であるなどといい、事一念三千は南無妙法蓮華経、それも戒壇之本尊、さらに教主・仏を日蓮(自受用身)として人法一箇として、仏と法を取り替えてしまうわけです。まさに聖人の本意は、恰も誉め殺しにされ、天台の説は色を失い、釈尊はおシャカとされてしまうわけです。途方もない牽強付会であると言わざるを得ません。


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