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六巻抄について

49独歩:2002/03/15(金) 12:20

問答名人さん:

「観心」、難しい問題ですね。本尊抄の題号の読みとも関わりますね。
まあ、「観心の本尊」で「“の”の字が大事」、「観心とは信心」「受持即観心とは、受持即信心」などというのですが、実際は、どう読むべきなのでしょうか。また、本覚思想との関わりからは、どう考えるべきなのか、問題は山積みですね。

本尊抄であれば、

観心とは我が己心を観じて十法界を見る、是を観心と云ふなり

とあるばかりです。となると、この己心に観ずる十法界中、仏界を五百塵点成道・釈尊を観、本門教主と立てるというのが、趣旨ということになるのでしょうか。

いずれにしても寛師が観信を信心と読み替えるのは、なかなかにくいアイディアではあるけれど、聖人が仰るのは、やはり、本尊抄の文面の範囲で考えるべきであると、私は思うのです。


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