したらばTOP ■掲示板に戻る■ 全部 1-100 最新50 | メール | |

六巻抄について

27独歩:2002/03/01(金) 07:37

問答名人さん:

> 簡潔に、二つの日蓮本仏論を整理

大きくは二つであると思います。一つは日蓮と釈尊を同一者とすること、もう一つは日蓮を釈尊の師とし、別者とすることです。

いみじくも26にtokumeiさんが引いている『寛記雑々』に

「蓮祖は是れ釈尊のこと」(富要3-313)

といいます。ところが『日蓮正宗要義』では

本門の釈尊と雖も…文上の仏、永遠に即する当初に一人の聖人あって…根本の仏こそ日蓮大聖人(96頁)

もちろん、この二つは五百塵点を無始と解すれば等価となり、本(日蓮)迹(釈尊)、体(日蓮)用(釈尊)の現われということにもなるでしょう。

なお、日蓮本仏論の濫觴という有師は「当宗の本尊の事、日蓮聖人に限り奉るべし」といい、戒壇之本尊と聖人の一箇論にはいたっておらず、寛師の本仏論は区別すべきであろうと考えます。


新着レスの表示


名前: E-mail(省略可)

※書き込む際の注意事項はこちら

※画像アップローダーはこちら

(画像を表示できるのは「画像リンクのサムネイル表示」がオンの掲示板に限ります)

掲示板管理者へ連絡 無料レンタル掲示板