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六巻抄について
173
:
管理者
:2005/02/13(日) 12:52:00
2040 名前: 無徳 投稿日: 2005/02/13(日) 08:39:00
愚鈍凡夫さん体調の十分でない中で私の愚問にお答えいただき大変恐縮で
す。あまりに皆さんの書き込みが凄いので、お答えに対するレスが気後れ
して遅くなってしまい申し訳ありませんでした。
私は日蓮本仏論者を自称しながら実は日寛教学(六巻抄・分段等)をじっ
くり学んだ事がありませんでした。これを機会に少々日寛教学を学んでみ
たいと思いますので、ご指導のほど宜しくお願い申し上げます。
その意味では、私の日蓮本仏主義は日寛教学に裏付けられたものとは言えな
いのかも知れません。しかしながら40数年間にわたって日蓮正宗の教義を
自身の信仰の中核に据えて来たことは紛れも無い事実ですから、結果として
日寛教学を信じていたことに変わりはないと言わざるを得ません。何故かな
らばご存知の如く日蓮正宗の教義はイコール日寛教学と言って過言ではない
からです。
したがって、愚鈍凡夫さんに日寛上人についてお聞きしたのは決して妙な下
心を隠してのものでは有りません。(笑)本当に日寛教学に対する私の理解を
確認したいが為の質問であることをご了解ください。
ただ、愚鈍凡夫さんの日寛教学に対するご理解と拙いながら私の日寛教学に
対する理解とは、おそらくは前提となる規範に違いがあることを認めざるを
得ません。
まず、私はこの掲示板においては大半偽撰として扱われている、本覚思想を
内胚した宗祖の真偽未決の御書(多くは最蓮房に与えられたもの)を自身の
教学理解においては排除していません。また、血脈抄ともされる本因妙抄や
百六箇抄も排除しておりません。
したがって、これらを日寛上人が六巻抄や各文段でふんだんに引用されてい
るゆえに、おそらくは、これらをお認めにならないであろう愚鈍凡夫さんと
日寛教学に対しての共通理解を得る事は困難であろうと思われます。
しかし、共通理解は困難であるとしても互いに学びあうことに不都合は有り
得ないと確信しております。
まずは、風邪で体調を崩されている中で私の愚問にお答えいただいた事に深
く感謝申し上げるとともに、次回に愚鈍凡夫さんのお答えをベースに私なり
に感じるところを述べさせていただきますので、今後とも宜しくご指導の程
お願い致します。
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