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六巻抄について

149Libra:2002/04/13(土) 02:02
顕正居士さん:

 顕正居士さんのご意見は、おそらく、<道元の立場は「唯心論」であるから、その意味
では、それを「如来蔵思想」とする松本史朗氏のご意見は妥当であろうが、今問題になっ
ている「五大すなわち物質の元素を常住とする唯物論」は「如来蔵思想」とは言えない>
ということなのだろうと思います。

 しかしながら、私から見れば、「五大すなわち物質の元素を常住とする唯物論」も、立
派に「基体説」に見えるということです。

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  “dha ̄tu-va ̄da”とは、現象的なあれこれの存在は、「無常」であり、「無我」で
  あるが、それらを生み出す原因となる基体(dha ̄tu 場)それ自体は、「常」であり、
  「我」であり、実在であると説くものである。

  (松本史朗『チベット仏教哲学』、大蔵出版、1997年、p. 408)
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