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六巻抄について

147顕正居士:2002/04/12(金) 12:40
><心常相滅説も、それを批判した道元の身心一如説も、ともに如来蔵思想である>

『禅思想の批判的研究』を読んでいないので、ここの意味はよくわかりませんが。

道元の心常相滅説批判というのは『辨道話』
http://www.shomonji.or.jp/zazen/genzou00g.htm
の「とうていはく、あるがいはく、生死をなげくことなかれ」以下とおもいます。
「しるべし、佛法に心性大總相の法門といふは、一大法界をこめて、性相をわかず」
以下、「一心」以外の実在なきゆえに心と物、性と相を分離するするのは誤りであると
延べ、唯心論は物質の存在や生滅の現象の否定にまで至るので、『辨道話』は純粋の
唯心論の立場から心常相滅二元論を批判している如くに見えます。

対して、完成期の本覚法門は五大すなわち物質の元素を常住とする唯物論といえます。
佛性 Buddha-dhatu に還元しない。もはや「本覚」と云わず、「不覚」と云います。
不覚が本、覚は迹、色が本、心は迹。ゆえに如来蔵思想の範疇と称せないのです。


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