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六巻抄について
142
:
顕正居士
:2002/04/11(木) 13:19
独歩さん。
「二文」は小生の「宇宙生命論」、「宇宙生命論続き」のことです。「宇宙が一箇の生命
である」といえばナンセンスだが、自然信仰と太陽信仰とが宗教と科学の母胎である
ともいえる故に「宇宙生命論」が無価値、無意味の思想とはいえぬ、しかし新興宗教
のは唯心論の言い換えが多く、主張する内容が明確でもないから、これは言説のみ
の分析に意義が少なく、宗教社会学の方面から別説するべきであろうと云いました。
「是法住法位世間相常住」に付いてのご投稿は尤もであると考えます。Libraさんの
ご質問の趣旨、俗諦常住と心常相滅に大なる相違があるかは、大なる相違がある、
唯心論と唯物論であると答えました。但し。毘盧遮那一本異ならぬ自受用の内証に
おいて「一色三千」が成り立つのではなく、法爾に「一色三千」が成り立っている。
観心本尊抄の「四十二字法体」が本仏果上の一念三千か、凡夫己心の一念三千か、
昭和に論争された。しかし「一色三千」は本仏果上でもなく凡夫己心でもなく、法爾に
成り立っている。五大こそが無為の法であり、万物の五大によらぬものはないので、
俗諦は常住であるが、敢えていうなら、「涅槃」、「仏」等、無為法と云われたものは
却って有為法である。それが『諸法実相抄』などの思想であるとおもうわけです。
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