したらばTOP ■掲示板に戻る■ 全部 1-100 最新50 | メール | |

六巻抄について

134独歩:2002/04/10(水) 21:58

○「是法住法位泄間相常住」と俗諦常住

「是法住法位世間相常住」の文を読み下す場合、古来、法華
文句の釈義に従って、「この法は法位に住して、世間の相常住なり」と訓
むならいであったが、岩波文庫の『法華経』(坂本幸男訳注、上巻120頁
は、「これ法の住・法の位にして、世間の相も常住なり」と訓むぺきで
あると主張し、その理由を説いて、「法住」は「法位」と同様に一の仏教
術語であるから、法と住とを切り離して、「法は…住して」と訓むのは誤
りであるといい、その先例に三論宗の吉蔵と法相宗の基の訓みを紹介して
いる。またこの文の意味を説いて、「これは」とは、経の前文の「仏種従縁
起」なる縁起の理法を指し、「法住法位」とは、縁起の法に固有にして不
変な止まり方・在り方という意味であるから、これを要するに、縁によっ
て起こるということは法の本来的な在り方であるという意味である。また
「世間相常住」とは、生滅変化してやまない世間の相も、縁起である限り、
その生滅変化の相そのままが、法の住、法の位、即ち常住であるという意
味であり、日本天台では、これを本覚思想を最も良く表現した経文と見て
いると。
日本天台でこの文を重視した人に、台密の祖の円仁がある。彼は金剛頂
経疏巻一之本でその経の経題を釈するとき、「法華に是法住法位と云へり、
今正しくこの秘密の理を顕説するが故に全剛頂と云ふなり」とて、法華経
と金剛頂経との理同の所以を「是法住法位」に求めた。また円仁は蘇悉地
経疏巻一で、法華経等と大日経等とは「世俗勝義円融不二を説く点にお
いて理同であると説くから、両疏を対照すると、密教の極理は世俗(俗諦)
勝義(真諦)円融不二、即ち真諦のみならず俗諦も常住であるとするところ
にあり、法華経では「是法住法位」の文に俗諦常住の典拠があると考えて
いたことが明らかとなる。円仁の著述と考えられる俗諦本生不滅論や、慈
覚大師伝(寛平御伝)によると、円仁にこの法門の重要性を教示したのは、
師の最澄であるが、現存する最澄の真撰書によれば、最澄はそれぽど明瞭
に俗諦常住の法門を展開したわけではない。ともかく、こういう事情によ
り、日本天台では、以後永く法華経のこの文を俗諦常住の一典拠として重
視した。(天台本覚論419頁)

第四 俗諦常住。

夫三諦者天然之性徳也。中諦統一切法。眞諦者泯一切法。
俗諦者立一切法。擧一即三非前後也。含生本具。非造作所得也。悲哉。
夫祕藏不顯。蓋三惑之所覆也。故無明翳乎法性。塵沙障乎化導。
見思阻乎空寂。然茲三惑。乃體上之虚妄也。於是。大覺世尊。
【口+胃】然歎曰。眞如界内。絶生佛之假名。平等性中。無自佗形相。
但以衆生妄想不自證得。莫之能返也。由是。立乎三觀。破乎三惑。證乎三智。
空觀者破見思惑。證一切智。成般若徳。假觀者破塵沙惑。
證道種智。成解脱徳。中觀者破無明惑。證一切種智。成法身徳。然茲三惑。
三觀。三智。三徳。非各別也。非異時也。天然之理。具諸法故。
此三諦性之自爾。迷此三諦。轉成三惑。惑破藉乎三觀。觀成證乎三智。
智成成乎三徳。從因至果。非漸修也。説之次第。理非次第。
大綱如此。網目可尋而已。(天台法華宗牛頭法門要纂)


新着レスの表示


名前: E-mail(省略可)

※書き込む際の注意事項はこちら

※画像アップローダーはこちら

(画像を表示できるのは「画像リンクのサムネイル表示」がオンの掲示板に限ります)

掲示板管理者へ連絡 無料レンタル掲示板