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【大石寺教学の研究】質疑応答は此方で

25直人[TRACKBACK]:2005/09/16(金) 04:16:27
HAPPYさん、こんばんは。

 私ごときに「様」はいりません。気軽に「さん」づけでお願いします。

>日蓮は日本国の諸人にしたし父母なり
>日蓮は当帝の父母、念仏者、禅衆、真言師等が師範なり、又主君なり

 前者は『開目抄』、後者は『撰時抄』の御文ですね。P71に『撰時抄』の御文を引用しています。
そこに「仏の御使いとして南無妙法蓮華経を流布せんとする」とあります。つまり、日蓮聖人は「仏
の御使」、つまり上行菩薩として末法今時に南無妙法蓮華経を流布されようとしたのですね。
 また、P71に『下山御消息』の御文を引用しています。「一には父母也、師匠也、三には主君の
御使也」というものです。ここに日蓮聖人の三徳観が如実に表れているといえるでしょう。日蓮聖
人はあくまでも「主君の御使」なわけです。なので、日蓮聖人は『下山御消息』において、

  釈尊は我等がためには賢父たる上明師也聖主也。一身に三徳を備へ給へる。
  (定本P1319、学会版P348)

と、釈尊にこそ主師親の三徳が兼備されているといわれるわけです。それが、『祈祷抄』の「釈迦
仏独り主師親の三義をかね給へり」ということでしょう。HAPPYさんがいわれるように学会教学で
は「主師の三徳を具備されている方は仏」となりますが、日蓮聖人に三徳があるとはいえ、あくま
でも「主君の御使」なわけで、三徳具備=本仏であれば、釈尊こそ本仏ともいえるわけです。
 また、>>22に引用していますが『日興上人御遺告』というものがあります。これは日道師が元徳
四年に筆録したもので、題名からして日興上人の門下に対する「遺言」「遺誡」でしょう。その中に、

  日蓮聖人云く本地は常光寂光地涌の大士上行菩薩六万恒河沙の上首也久遠実成釈尊の最
  初結縁令初発道心の第一の御弟子也。本門教主は久遠実成無作三身寿命無量阿僧祗却常
  住不滅、我本行菩薩道所成寿命今猶未尽復倍上数の本仏也。(宗全2−P253)

とあります。すまり、日興上人はあくまでも日蓮聖人を上行菩薩と見、本仏は久遠実成釈尊とする
わけです。私は「大石寺門流における宗祖本仏思想の考察」の中で日順師に宗祖本仏論があると
記しました(P79)が、川蝉さんとの論談(下記URL参照)の中で私の解釈は総計であったという結
論に達しましたので訂正致します。

  http://jbbs.livedoor.jp/bbs/read.cgi/study/3171/1083994937/r77-79


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