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門下・門流史関係

36直人:2004/06/07(月) 19:31
>>35の補注

 「唯授一人血脈相承」思想の根幹をなす二箇相承が後代の偽作である以上、唯授一人血脈
相承思想にもとづく「本尊書写は附弟一人に限る」という本尊論が宗祖の本義であったとするこ
とは許されない。むしろ、上代においては誰もが本尊書写を行っていた。

  日向上人(歴代集成22)
  日朗上人(歴代集成23〜27)
  日常師(歴代集成16〜17)
  日高師(歴代集成18〜21)

 真実、大石寺が云う如く、宗祖が日興上人にのみ血脈相承したのであれば、当然、本尊書
写も日興上人一人に限られるであろうし、そうであれば、釈迦一体仏に対して批判した日興上
人であるから、当然、他の諸師が本尊書写を行ったことについて批判しているはずであるが、
そのような史実はない。

  一、 本尊書写の事 尊仰せに云く、大聖人御遷化の刻六人の老僧面面に之を書写し給へ
  り、然るに異議は無く其の後は面面末流、初心後心、戒行の有無、曾て以て之を糾明する
  事無し、面面に之を書写云云、此れ等の次第且は法滅の因縁か五人方は且く之を閣く富
  士門跡は、付弟一人を書写し奉る由、日興上人御遺戒也云云(宗全2−P418)

 「尊師実録」の「本尊書写の事」を読んで思うに、誰人もが本尊書写を行うようになり、それは
法滅を招くだけでなく、本尊軽賤につながる恐れさえある。そこで、日興上人は興門においては
「附弟一人に限る」としたものではないだろうか。つまり、「附弟一人に限る」という本尊論は日
興上人が《本尊軽賤回避策》として形成したものであって、「尊師実録」に「六人の老僧・・・異議
は無く」とある如く「附弟一人に限る」という本尊論は決して宗祖の本義ではない。
 しかし、興門教学という観点から云うならば、「本尊書写は附弟一人に限る」という本尊論は一
種の妥当性があると云えるかもしれない。
 なお、かかる本尊論は大石寺独自のものではなく、興門諸山に共通するものである。『本門宗
宗制』には次の如く記されている。
  
  第二十八條 曼荼羅書写及開眼は現貫首に限る(『本門宗宗制』P8)

 結局、「聖人教学」「日興教学」「興門教学」という如くに分類した上で考証することが大事なの
だと思う。

 ※本門宗=北山本門寺、西山本門寺、京都要法寺、伊豆實成寺、上野妙蓮寺、小泉久遠寺、
        保田妙本寺


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