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門下・門流史関係
35
:
直人
:2004/06/01(火) 19:41
■宗史雑書
今日の大石寺教学の理論体系を大成したのは云うまでもなく日寛師である。しかしながら、大石
寺教学の特徴でもある「宗祖本仏思想」「唯授一人血脈思想」の根源は大石寺僧ではなく、日順師
(重須学頭)によって形成されたものである。このことは『大石寺教学の研究』に譲るが、日順師の
学説については『大石寺教学の研究』では考究を尽くせなかった。したがって、日順師の学説は今
後の研究課題となった。日順師の学説については執行海秀先生が『興門教学の研究』において考
証されているが、私は執行先生とは別な観点−形成史、すなわち、その学説はいかなる理由によ
って形成されるに至ったのか、という観点から考証するものである。
それにしても、
伝統的正宗教義の「日蓮」即「久遠元初自受用身」という「日蓮久遠本仏論」は、遠く日興上人
の弟子である三位日順にまで遡るようである。(『人間主義の「日蓮本仏論」を求めて』P167)
として、日順師の学説をそのまま大石寺教学と考える人がいるが、日順師は大石寺と直接関係が
ないことを把握すべきである。なぜなら把握しなければ「本尊書写は附弟一人に限る」という本尊論
とて誤解するであろうからである。
例えば、日妙師、日満師、日代師、日大師、日郷師といった興門諸師が本尊書写を行っているこ
とを挙げて上代大石寺には唯授一人血脈思想はなかったと考える人がいるが、何れも大石寺と直
接関係がない、或いは、独立し教団(門流)を形成した諸師であって、これら諸師の本尊書写を以っ
て大石寺批判をしても正鵠を射ているとは云えまい。かかる批判の根源は、
○宗祖は日興上人にのみ血脈相承をした
○大石寺は日興門流の総本山的存在
○ゆえに大石寺こそ宗祖の正統門流
という思考、つまり大石寺歴代諸師のみが本尊書写を行うべきであるのに他の興門諸師が本尊書
写を行うのはおかしいのではないか、という思考によるものである。
しかし、唯授一人血脈思想の根幹をなす二箇相承が偽作である以上、唯授一人血脈思想が宗祖
の本義であるとすることは許されないが、興門教学においての唯授一人血脈思想、とりわけ「本尊
書写は附弟一人に限る」という本尊論はあながちに否定されるべきものではないように思う。それは
日尊師が「尊師実録」において、
富士門跡は、付弟一人を書写し奉る由、日興上人御遺戒也云云、其の故は法燈を賞め以て根
源を立てんが為なり云云、之に依て本尊の銘に云く、仏滅後二千二百三十余年之間一閻浮提
内未曾有大曼荼羅也云云、予も又此の義を存ずる之所、日興上人御入滅後、一門跡に面面争
論出来、互に偏執を成し邪論を起して、人人面面に之を書写し奉る云云、然れば則ち仏意は測
り難く聖意恐れ有り所詮吾が一門に於ては、本義の如く一人之を書写し奉るべきか云云
(宗全2−P418)
と述べていることによるものである。「吾が一門に於ては」とあることから「富士門跡」とは日興上人
の流れを汲む各門流をさすもの、と解すべきであると思うからである。
例えば日郷師は1344年に本尊書写を、日大師は1364年に本尊書写を行っている。しかしながら、
日郷師は1335年に大石寺を退出し小泉久遠時、保田妙本寺を建立し日郷門流を形成しているし、
日大師の本尊書写は日尊師寂後20年を経てからであり、日尊師の後継者である日大師が本尊書
写をしても何ら問題あるまい。
興門諸師を一括りにして大石寺と関連づけるのは正しくないように思う。それにしても、よく考えて
みると今日の大石寺教学というのは大石寺独自のものはほとんどなく、興門他山の思想によって形
成されていると感じるのは私だけであろうか。
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