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門下・門流史関係
34
:
直人
:2004/05/30(日) 19:47
>>33
の続き
また、日寛師は「当家三衣抄」において、
南無本門弘通の大導師、末法万年の総貫首開山付法南無日興上人師、南無一閻浮提座主
伝法日目上人師、嫡々付法歴代の諸師。此くの如き三宝を一心に之れを念じて唯当に南無妙
法蓮華経と称え乃ち一子を過ごすべし(宗全4−P126)
と云い、大石寺歴代諸師に対して「一心に之れを念じて唯当に南無妙法蓮華経と称え乃ち一子を
過ご」せとするのである。かかる思想は「血脈附法の貫首に背いて題目を挙げても無益」という
思想につながると云えよう。
ところで、松戸行雄氏は『人間主義の「日蓮本仏論」を求めて』において、
「血脈相承の法主への信がなければ、題目をあげても功徳がない」という威嚇的で、幼稚な主
張に至っては、あきれるばかりである。理論的根拠が全くない珍説であるばかりではない。
(『人間主義の「日蓮本仏論」を求めて』P14)
と云うのであるが、松戸氏が云うところの「威嚇的で、幼稚な主張」は日寛師の学説に求めること
ができるのである。しなし、当然のことながら、かかる日寛師の学説が宗祖・日興上人に見られな
い以上、日寛師の学説は己義でしかない。この点については松戸氏も、
今回の宗門問題の根源は、教義上、つまり思想的には、期せずして、この奇怪な「法主血脈
絶対論」・「法主本仏論」に代表されると思う。宗門が大聖人の民衆救済の精神を忘却してい
るとか、大聖人の教えから逸脱しているだけではない。伝統的宗門教義そのものに問題の所
在があると理解すべきなのである。(『人間主義の「日蓮本仏論」を求めて』P15)
と述べている如くである。しかし、だからとて、創価学会の正統性が認められるわけではない。なぜ
なら、「威嚇的で、幼稚な」「大聖人の教えから逸脱している」貫首絶対思想を現代に蘇らせ、創価
学会の教義としてきたのは戸田城聖氏であり、池田大作氏であるからである。
戸田氏、池田氏の貫首絶対思想に関する発言を挙げると次の如くである。
どなたが新しく猊座に登られようとも、学会会長として、私は水谷猊下にお仕えしてきたのと、
いささかも変わりはない。新猊下を大聖人としてお仕え申しあげ、広布への大折伏にまっすぐ
進んでいくだけである。 (『論文集』P346)
遣使還告であられる御法主上人猊下は日蓮大聖人様であります。(『会長講演集』10−P43)
近年、創価学会は日蓮宗教学を摂取しているが創価学会教学の根幹をなすものが日寛教学であ
る以上、いかに日蓮宗教学を摂取しようと異流義から脱却することはできない。日寛教学から脱却し
てこそ宗祖の原点に還る道が見えてくるのではないだろうか。
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