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門下・門流史関係
33
:
直人
:2004/05/30(日) 19:46
■貫首絶対思想について
今日における日蓮正宗と創価学会の対立紛争においてはしばしば「法主本仏論」(ここでは
貫首絶対思想と称す)が問題となることがある。ここで云う「貫首絶対思想」とは大石寺歴代諸
師が宗祖と同格、或いは、宗祖の代理人と位置づけられることによって時の大石寺貫首が現
時における日蓮聖人へと祀り上げられることを云う。換言すれば、貫首絶対思想は宗祖本仏思
想の悪しき弊害と云えよう。
大石寺歴代諸師が宗祖と同格、或いは、宗祖の代理人であるという思想は「御本尊七箇相承」
に「代々の聖人悉く日蓮」と記されている如くであるが、「御本尊七箇相承」が後代の偽作である
以上、偽書を以っての依文は何ら意味をなさない。これによって、貫首絶対思想の初見は日教師
の時代を待たねばならないのであるが、日教師の貫首絶対思想については『大石寺教学の研究』
に譲り、ここでは日教師以降の貫首絶対思想を論点としてみる。
日教師によって形成された貫首絶対思想はその後、日舜師が大石寺第十九代貫首として登座
した際に大石寺檀徒から反発があったため、日感師は、
其の器量の善悪を簡ばず、但相承を以って貫主と定められ候、故を以つて一山皆貫主の下
知に随い、貫主の座上を蹈まざる事悉く信の一字の修行にて候釈迦日蓮代代上人と相承の
法水相流れ候えば、上代末代其の身の器は替われども法水の替わる事少しも之れなく候、
此くの如く信ずる時は末代迄も仏法松柏の如くにて、常に寺檀仏種を植え、三宝の御威光鎮
えに於閻浮提広令流布は疑いなき事に侯、此の旨を相知り侯上は如何様の僧貫主となると
も相承伝受候上は、生身釈迦日蓮たるべきこと開山の御本意一門徒の肝要にて御座候
(富要5−P271)
と云い、日舜師を「生身釈迦日蓮」とするのである。
大石寺歴代諸師において貫首絶対思想を展開したのは大石寺教学を大成した日寛師その人
であった。日寛師は「當家御法則文抜書等」において、
日蓮聖人御入滅有りて補処を定む、其の次々々に仏法を相続して当代の法主の処に本尊の
体有る可きなり。此の法主に値ふは聖人の生れ替りて出世し給ふ故に生身の聖人に値遇し
結縁して師弟相対の題目を声を同じく唱え奉り、当代聖人の信心無二の処こそ生身の御本
尊なれ。此の御本尊を口には云えども身に行ぜず能くよく本尊を取り定む可き也。釈尊聖人
互為主伴したまふなり云々。(研教9−P740)
持経者は又当代の法主に値ひ奉る時本仏に値ふ也。成仏の難きに非ず此経を持つの難き
也。只知識に値ひ此の経を持つ処が本仏に値ふ也。(研教9−P748)
として、日教師の著述に見られる貫首絶対思想が記されている箇所を引用しているのである。こ
れは云わば日寛師が日教師の貫首絶対思想を継承しているということを意味しよう。
[この稿、続く]
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