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御遺文関係は此方で

88直人:2004/04/16(金) 21:39
空き缶さん、こんばんは。

>「御義口伝」も尊門で作成されたものか

 私は「御義口伝」の真偽に関しては、二箇相承、両巻血脈抄、御本尊七箇相承
といった相伝書ほど知識がないのであまりコメントできませんので、手元の資料を
参考にしつつ愚考を述べてみます。
 執行海秀先生の御指摘によれば「御義口伝」の一番早い写本は八品門流の日
経本(宗祖滅後245年)、興門では日辰師の「負薪記」(宗祖滅後290年)。また、
日隆師が「御義口伝」を引用した例がないことから、八品門流の成立であるとする
稲田海素師の説を退けています。(『興門教学の研究』P63−64)
 私の考えは結論から云えば、尊門偽作説です。その論拠は「御義口伝」の、

  ──────────────────────────────
  秘すべし秘すべし、唯授一人の相承なり、口外すべからず

  (「御義口伝」『昭和定本日蓮聖人遺文』P2701、1971年)
  ──────────────────────────────

という文です。二箇相承は別としても「唯授一人」云々は尊門思想であると思って
いるからです。なぜなら、日尊師は「本尊書写は附弟一人に限る」と考えていたこ
と、「百六箇抄」後加文に、

  ──────────────────────────────
  直授結要付属は一人なり、白蓮阿闍梨日興を以つて惣貫首

  (「百六箇抄」『日蓮宗宗学全書』第2巻、P27、1983年)
  ──────────────────────────────

と記されていることによるからです。
 執行先生は日教師の石山帰伏を「百五十箇条を著して不造不讀、宗祖本佛論を主
張し、従来の尊門教学に反対」(『日蓮宗教学史』P143)したものと説明されています。
私もおそらくはこうであったであろうと思っています。なぜなら、「御義口伝」には、

  ──────────────────────────────
  法華経の行者は真に釈迦法王の御子也。然る間王位を継ぐ可き也。悉是吾子
  の子と是真仏子の子と能く能く心得合す可き也。今日蓮等之類南無妙法蓮華
  経と唱へ奉る者は釈迦法王の御子なり。

  (「御義口伝」『昭和定本日蓮聖人遺文』 2650頁 1971年)
  ──────────────────────────────

  ──────────────────────────────
  法華経一部は一往は在世の為也。再往は末法当今の為也。

  (「御義口伝」『昭和定本日蓮聖人遺文』 2680頁 1971年)
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とあって、日教師の《宗祖本仏・一部不読》とは相容れない思想があるからです。
 ところで、「御義口伝」の、

  ──────────────────────────────
  久遠とははたらかさずつくろわずもとの儘と云う義なり

  (「御義口伝」『昭和定本日蓮聖人遺文』P2671、1971年)
  ──────────────────────────────

という文は中古天台の「文句略大綱私見聞」の、

  ──────────────────────────────
  されば久遠の文点〈をもとのまま〉久遠とも久遠〈ツクロハズ〉とも読む也

  (「文句略大綱私見聞」『大日本佛教全書』18巻、P159下、1990年)
  ──────────────────────────────

という文と全同と云っても過言ではないでしょう。「本因妙抄」が「三大章疏七面
相承口決」を日蓮思想的に換骨奪胎したものであるように、「御義口伝」もまた、
「文句略大綱私見聞」を日蓮思想的に換骨奪胎したものではないでしょうか。そ
して、「本因妙抄」の偽作者が尊門僧であったならば、「御義口伝」も同じく尊門
僧によって偽作されたものであることは想像に難くないのです。
 私の考えはこんなところです。全然役に立たずすみません。


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