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リーダーを生み出すとは

13凡人:2012/01/22(日) 22:13:21
被災地では 復興と絆、狭間で苦闘【The リーダー】
2012.1.2 09:17

復興に向けた打ち合わせをする白幡雄児さん。現在は市の嘱託職員として陣頭指揮を執り続ける=昨年12月16日、宮城県気仙沼市・大島(古厩正樹撮影)

 東日本大震災の被災地では地域のリーダーたちの活躍が脚光を浴びたが、同時に批判や悪意にもさらされていた。彼らはどう振る舞い、危機を克服してきたのか。苦闘の日々はいまだ続いている。
                   ◇
 ■宮城県気仙沼市

 大きな津波被害を受けた気仙沼市沖の大島から昨年6月、本紙に届いた手紙は、地元の救援活動をめぐる「告発」文だった。

 《島の災害対策本部では、支援物資の横流しが頻発しています。疑惑は島内でささやかれ大きくなっています》《全国の方々の善意が踏みにじられている》

 手紙は、仲間内に家電など支援物資を分け与え、復旧工事も身内の企業に発注している−とある人物名を挙げ、「そんなリーダーなら要らない」という趣旨の文章がつづられていた。

 名指しで批判されたのは、島の災害対策本部長だった白幡雄児さん(63)ら対策本部幹部だ。

 手紙は6月以降も断続的に本紙に届いた。震災から時間がたつにつれ、復旧や復興のあり方をめぐって島内で不満が高まっていったことを示している。

 大島は面積約9平方キロで人口約3400人。津波で31人が死亡・行方不明となった上、本州とを結ぶフェリーが打ち上げられ、孤立状態に。被災翌日には山林火災も発生した。避難道の確保、負傷者の搬送、食料確保…。行政の支援はごく限られ、島の誰もがいう。

 「戦場だった」

 飲食店を営み、大島地区振興協議会で会長を務めていたのが白幡さんだった。対策本部長に担がれ、トップダウンで次々と指示を出していった。家を失った人を、顔見知りの宿泊施設に次々と送り込むことを考えた。「人手が足りなくて困っている」との声には、できる範囲で即決で人を派遣した。

 「強いリーダーシップがあって、支援態勢の立ち上がりは成功していた」

 島の復興を見続けている島外のボランティアグループ幹部はこう証言し、その上で「島内に落ち着きが戻り始めると、島民から不満が出始めた」とも指摘する。

 「対策本部に顔を出しても『会議室には入らないでくれ』といわれた。のけ者にされていると感じた」

 かつて地域の漁協で代表を務めた島の長老男性は不満を隠さない。

 対策本部側は「住民が本部内でお茶を飲み雑談することがあった。こちらが仕事に追われているのに…」と反論するが、結果的に人間関係の亀裂が残った。

 白幡さんは「専制的な手法を用いたけど、次々と浮上する課題に余計な時間はかけられない。批判を気にしていたらやっていけない」と語る。ただ、こんな心境に陥ることもある。

 「何で俺が、批判を受けながら本部長をやらなければいけないんだ。俺だって家財を全部失ったのに」

 □批判・中傷にも「負けない」
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