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大東亜戦争(太平洋戦争)の真実

16凡人:2011/12/09(金) 03:53:27
「誰の責任かもあいまいな」。今となっても同じ。
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余録:70年前の鏡
毎日新聞 2011年12月8日 1時01分

 「周囲は真珠湾の勝利にざわめいていたが、彼は浮かぬ顔をしていた……『えらいことになった。僕は悲惨な敗北を予感する。こんな有り様はせいぜい2、3カ月だろう』と沈鬱な声で言った」▲彼とは近衛文麿、70年前のきょう真珠湾攻撃の日の細川護貞による記録である。近衛は日中戦争では「国民政府を対手とせず」と声明してその泥沼化をもたらし、日米交渉に努力したものの南部仏印進駐で米国の石油禁輸を招く。日本の運命を決定づけた人だった▲一方、日米開戦に際し「三国同盟は僕の一生の不覚だった。こと(米国参戦防止の)志と違い、今度の戦争の原因になった」と涙ながらに知人に語ったのは元外相の松岡洋右だ。つい半年前の独ソ開戦時には対ソ侵攻を提言し、日米交渉にも強硬に反対した人物である▲「財布に1000円しかないのに1万円の買い物をしようという日本と、100万円をもって1万円の買い物をするアメリカとの競争でしょう。たちまちだめです」。こちらは昭和の動乱の原点、満州事変を仕掛けた軍人・石原莞爾の日米開戦間もないころの断言だ▲国民の多くが緒戦の勝報に熱狂していた中、その戦争への道を踏み固めた張本人たちの破滅の予言だ。彼らの無責任を今さらなじってもむなしいが、誰の責任かもあいまいな場当たり的対外膨張の破綻は、誰の予想をも超える途方もない数の内外の人命をのみこんだ▲責任の底が抜けた国策が国民の運命を狂わせるのは当時だけでない。こう聞けば今度の原発災害を思い浮かべる方もいよう。日本人が危機にのぞんで自らを映してみなければならぬ70年前の鏡だ。


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