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アジア隣国諸国の出来事

51凡人:2011/09/19(月) 15:58:41
ミャンマー:豪華な国会議事堂で「管理された民主主義」
毎日新聞 2011年9月18日

豪華なシャンデリアと巨大な置物が飾られたミャンマー下院議事堂のレセプション・ルーム=2011年9月16日、西尾英之撮影
↑クリック↑すると次の写真に進みます  【ネピドー(ミャンマー首都)西尾英之】軍事政権から3月の「民政移管」で就任したテインセイン大統領が8月以降、民主化勢力への柔軟路線を打ち出しているミャンマー。10月の国連本部でのミャンマー人権問題の討議、11月の東南アジア諸国連合(ASEAN)首脳会議でのミャンマー議長国初就任を前に、首都ネピドーで開会中の国会が16日、毎日新聞など一部の外国メディアに公開された。

 6年前にヤンゴンから首都が突如移転され、今年1月に49年ぶりに開かれた複数の政党が参加する国会の真新しい議事堂は、約2キロ四方の広大な敷地に「竜宮城」かと見まがう建物が連なっていた。内装は豪華な大理石張り。傍聴席に人のいない議事堂では、400人以上の下院議員たちが「自由」な議論を展開していた。

 政権は、昨年11月に自宅軟禁が解除された民主化運動指導者、アウンサンスーチーさんとの協調姿勢をアピールし、「国際社会への復帰」と「経済制裁の解除」を求める。

 だが、議員定数の4分の1を国軍推薦の軍人議員とした新憲法を改正するには、議員の4分の3以上の賛成が必要で、改正は事実上不可能。軍部が国会に影響力を行使できる仕組みだ。一部の議員が記者に「これは管理された民主主義だ」と自嘲気味に語ったのも無理はない。

 ◇ネピドー◇

 「王の住む地」の意味で、ヤンゴンの北約320キロの丘陵地帯を切り開いて建設された人工都市。首都移転は05年11月に始まり、06年に遷都が発表された。総事業費は「謎」(バンコク・ポスト)。軍事政権は首都移転の理由を「国土の中央に位置し、全国にアクセスが容易」と説明したが、「占星術師のお告げ」「軍事的に有利な立地を選んだ」など諸説がささやかれている。


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