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福島原発事故が語るものとは何か?

465凡人:2011/11/13(日) 09:34:21
福島第1原発:報道陣に公開 吉田所長「作業なお危険」
毎日新聞 2011年11月12日 21時31分

福島第1原発3号機の原子炉建屋=福島県大熊町で2011年11月12日午前10時48分(代表撮影) 東京電力福島第1原発事故から8カ月が過ぎ、原発敷地内の様子が12日、初めて報道陣に公開された。現地の事故対応を指揮してきた同原発の吉田昌郎所長(56)は「3月11日(の事故発生)から1週間は、極端なことを言うと『もう死ぬだろう』と思ったことが数度あった」と当時の危機的な状況を振り返った。原発の現状については「原子炉は安定しているが、作業する面では(放射)線量も非常に高く危険な状態だ」と説明した。

 報道陣はバスで1〜6号機の周辺を回った後、緊急時対策本部のある免震重要棟に到着。そこで吉田所長が初めて取材に応じた。吉田所長は冒頭、福島県をはじめとする事故の被害者に対し「発電所で事故を起こし、いろんなご迷惑、ご不便をおかけしたことを心よりおわび申し上げたい」と謝罪。「日本全国、世界から支援いただいたことが本当に励みになっている」と感謝の気持ちも強調した。

 同原発では東日本大震災の発生直後、すべての電源を喪失し、原子炉が冷却できない状況になった。吉田所長は「想定が甘かった部分がある。これからほかの発電所もそこを踏まえて訓練、設備を充実させていく必要がある」と事前の想定の不備を認めた。

 3月12日の1号機の水素爆発時は免震重要棟にいたが、「まずボンという音を聞き、1号機が爆発しているみたいだという情報が入ってきた」だけで原子炉の状況は分からず、14、15日には3、4号機でも爆発が発生。原子炉格納容器の損傷した2号機への注水も進まず「一寸先が見えない。最悪、メルトダウン(炉心溶融)も進んでコントロール不能になる、これで終わりかなと感じた」という。

 その後も高濃度の汚染水漏れなどがあり、危機的な状況を脱したと感じたのは「7、8月」。今後は「(年内に原子炉を冷温停止状態にする)ステップ2を確実に終了させるのが一つの目標。中長期のステップを考え、いろいろな提言をし、作業をこなしていくことが福島県民のニーズに応えることになる」と中長期の取り組みになる覚悟を語った。

 同時に「作業員の被ばくの問題は頭の痛い課題」と指摘し、作業・生活環境の改善を政府などに要望。自身の被ばく線量を問われると「個人情報なので差し控えるが、それなり(の数値)には、いっている」と述べた。

 吉田所長は東京工業大大学院で原子核工学を専攻し、79年に東電入社。本店原子力設備管理部長など一貫して原子力畑を歩き、10年6月から福島第1原発所長(執行役員)。事故後、当時の菅直人首相は東電への不信感を強め、現地の吉田所長に信頼を置いて事故対応に当たった。

 この日は細野豪志原発事故担当相も原発を視察。記者団に「着実に職場環境がよくなっている。年内の冷温停止状態の達成に向かえるという話なので(ステップ2の)最終作業に入りたい」と語った。【笈田直樹】


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