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福島原発事故が語るものとは何か?
133
:
凡人
:2011/03/31(木) 11:36:13
【現場から】原発「悪く言えぬ」 避難の作業員複雑 (静岡新聞2011/3/29 15:24)
東日本大震災に伴う東京電力福島第1原発の重大事故は、発生から2週間以上たった今も収束の気配を見せない。同原発の南約35キロにある福島県いわき市内の避難所を27日に訪ねた。国内外に“脱原発”ムードが広がる中、原発に頼ってきた地元では原発作業員らが複雑な思いを抱えながら避難所生活を送っていた。
「この世の終わりかと思った」。同原発の配管や復水器の工事を手掛ける坂本光雄さん(57)=同県広野町=が地震の恐怖を振り返った。原発の正門付近で激しい揺れに襲われた。命からがら戻った自宅は20〜30キロ圏内にあった。落ち着く間もなく、町が独自で避難指示を出した。「みんなどこに逃げたらいいのか分からず、パニックになっていた」と話す。
それでも、40年来付き合ってきた原発のことは「悪く言えない」。中部電力浜岡原発(御前崎市)2号機の工事に携わったこともある。会社から原発の復旧作業に参加する意思があるかどうか確認され、「何かあれば行きます」と迷わず答えた。「俺が行かないと事態が収まらない―という思いで招集の連絡を待っている」という。
火災を起こした福島第1原発4号機は、寿命を延ばす工事の真っ最中だった。シュラウド(炉心隔壁)交換工事の現場監督を務めるいわき市の男性(40)は、4号機の現場に向かう途中、1号機付近の屋外で大きく体を揺さぶられた。
足元で地割れが起き、タンクやトラックが躍るように跳ねていた。黒い煙が上がるのを見て、「非常用ディーゼル発電機が作動したんだな」と直感した。急いで部下を避難させながら、「これから仕事どうすっぺ」と不安でいっぱいになった。この数十分後、敷地は大津波に襲われた。
原発に携わって15年ほど。浜岡原発5号機の建設工事も手掛け、当時の浜岡町(現御前崎市)に1年間住んだこともある。「反対している人には悪いけど、これからも動かせるものなら動かしてほしい。何千人、何万人って人が一瞬で職を失うんだから」と、切実な思いを口にした。
福島第1原発に資材を納入しているサービス業阿部金三郎さん(53)=いわき市=は、津波で自宅が全壊した。「原発が落ち着かないと再建のめどが立たない」と肩を落とす。一方で、「何もなかったこの土地に原発が建ってくれたおかげで、生業(なりわい)ができた。原発産業が絶望的になったとは思いたくない」と気丈に話した。
避難所近くの集落は、大津波と火災で壊滅していた。一人息子(30)が原発で働いているという女性(60)=広野町=が身内の家の痕跡を捜していた。
女性は一面の焼け野原を眺めながら、「これだけの自然現象なので、国や東電を責めることはできない」とかばい、「放射能でしばらく漁業も農業も駄目だろうから、結局また原発に頼って再建していくしかない」とため息を付いた。
(社会部・鈴木誠之)
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