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死刑制度についてひと言お願いします
2401
:
無精髭
:2010/02/01(月) 06:45:50
多数決型民主主義において全体主義への誘惑を退けつつ個人主義を貫徹するなら、
国民の誰しも、たとえ自分と周囲の人々が同じ主張を行っているということが
自明であっても、思索または議論、もしくは投票(意志決定)の際には全体から
離れて個人(己自身)の立場に立って判断を下す、行動を起こすべきだと私は
考えます。また、他者に対する場合も同様に、当の者を全体から引き離した上で、
その思索または議論、もしくは投票(意志決定)行為を、一個人のそれとして
捉えるべきだと考えます。
しかし、たとえば次のような反論があるでしょう。死刑存廃問題においては賛成
(存続)か反対(廃止)かの二者択一しかありえないのに、どうやって個々人の
判断を区別してその一つ一つを尊重するんだ。多数決を採用する限り、最終的には
個人の判断は賛成と反対のいずれかにまとめられてしまう運命にあるのだ。独自の
判断だろうが他者の判断の受け売りだろうが党派的決断への追従だろうが、味噌も
糞も一緒だ。そもそも投票では個性なんて出しようがないし、二者択一の結果から
個性を抽出するなどというのは不可能だ。
その反論が多数決時点での、賛成か反対かといった二者択一時点でのことを指して
いるのなら確かにその通りです。しかし、それ以前の時点に行われる存廃議論に
おいては、そこへ参加しない者も、「長い物には巻かれろ」とか「寄らば大樹の陰」
とかいったことは忘れて、自分なりによく考えた上で賛否を決めるべきです。
その議論を参考にするなら、とりあえず今現在自分にとって正しいと思われている
結論を保留するなり、自分と同じ結論の者に対する共感を保留するなりし、むろん
自分の結論と逆の結論を出す者に対するこれまで評価をも保留して、単純に賛成
とか反対とか主張するだけでは意味がないようなまっさらなところで、自分と
自分以外の者との(考えや立場の)違いについて捉え直すべきです。
つまり存廃議論において、ある人が廃止論を唱えているとしても、その主張を
世に言う廃止派の立場から発せられた言説として読み込むことはすべきでない、
換言すれば、個人の廃止論を、既存の廃止派による言説の枠組みで理解しては
いけないということです。つまりあくまで個人レベルで扱ったほうが順当という
ことです。
この考えが国民に浸透しさえすれば、「お前は自分を廃止派というけれど、
他の廃止派の考えとは矛盾したことを言ってるゾ」と言うことに大した意味
はなくなるでしょう。
誰もが民主主義の精神を貫くなら(個人主義を重んじるのなら)、特定の派閥や
偏った思想集団から発せられた言説も、なるたけ個人レベルにまで分解して扱う
べきであり、派閥や集団を通して評価を下すのは避けなければならないのです。
そして、言説を発する者のほうは、組織や集団の考えに依拠せず自由に・自立的
に語るべきです。
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