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死刑制度についてひと言お願いします
2391
:
無精髭
:2010/01/30(土) 18:30:47
さて、>2369の問題の箇所では続けて「つまりそのロジックを肯定するならば、その廃止論によって、
死刑容認論も肯定されることになります」と主張されていて、これについても理由がよく分からないです
(というか、論旨がくどくなるおそれがあるのだとしても肝心の理由部分を省かないで下さいよ)。
ただ、guestさんはおそらくご自身ではその理由を次のように考えておられるのではないかと推察
できないことはないですが。
なぜなら>2350でも書いた通り「統一できるだけの客観的理論」がそもそも無い(もしくは
見つかってない)ならば「納得性が最大の問題、ということになってしま」うからだ。
納得性―――つまり個々人の価値判断で存置か廃止かが決まるのであれば、その問題において相対化
できない議論などありえないのだということを自ら実践することで証明なさりたかったのでしょう。
しかしながら、>2377における「私の考えでは、そもそも廃止論が自分に許可している手法が容認論
にも正当性を与えている(「矛盾する複数の廃止論が存在する状態」もその一つ)のが問題」という
部分をよく読めば分かるかと思いますが、guestさんにおいては「矛盾する複数の廃止論が存在する
状態」が「廃止論が自分に許可している手法」の一つと強引に数えられているということを考慮に
入れれば、>2369で力説されている廃止論者の自滅行為についてはguestさんとは異なり、このよう
に判断すべきだということは自ずと知れるでしょう。存廃問題において解決への決め手となる
「統一できるだけの客観的理論」がありえないのを好いことに、まさにそういう現状だからこそ
「矛盾する複数の廃止論が存在する状態」が不可避であるにもかかわらず、相手の置かれた状況を
無視して、廃止派サイドにおいては「(存廃論ともに)お互いに矛盾する論が存在していい」という
主張がまかり通っているようだと楽観して、そんなことを言うんだったらこんなふうなことも肯定
できまっせ、と相手の主張を歪曲している、そんなguestさんお一人の妄想に過ぎないのであると。
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