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死刑制度についてひと言お願いします
2364
:
無精髭
:2010/01/29(金) 02:55:45
>冤罪はあってはならないものです
>それは懲役刑だろうが死刑だろうが、あるいは不起訴であったとしても、絶対にいけないものです
「いける/いけない」という基準において、「ちょっとだけいけない」「だいぶいけない」と段々
進んでいって、上限に「絶対にいけない」という判断を設定した場合、冤罪であろうとなかろうと、
死刑と懲役刑がそれぞれもたらすであろう害における決定的な違いを見過ごしてしまう可能性が
出てきます。死刑と懲役刑とがもたらす害の違い、それは執行後における受刑者の存在のあるなし
です。冤罪被害が問題視される場合、当の冤罪被害者による生の声は、「冤罪はいけない」と主張
する者にとって、なくてはならないものでしょう。冤罪被害者自らがどのような辛い目にあってきた
かを伝えられることと、私たちがそれに耳を傾けなければならないことの意味は重大なのです。
しかし、冤罪被害者自らが体験談を語れなくなったら、、、その生の声を私たちが聴けなくなったら、、、
この喪失が冤罪問題に致命的な打撃をもたらすのは必至です※。こういった認識を万人が共有する
ためには、死刑已む無しさんが仰るような絶対的基準を捨てて、替わりに次のような操作をしなくては
なりません。すなわち「どのような冤罪も許されない」ということは至上命令であるにしても、
その上に「許される/許されない」の基準とは別に、刑罰の種類に応じてその害の大きさを定める
基準や、異なる刑罰の害を比較するための尺度を設定すること。
※そのほか、死刑は再審請求の可能性を摘んでしまう点で、冤罪者にとって計り知れない痛手となるでしょう。
懲役冤罪だった人に対して次のように話しかけてみたとします。社会から隔離された施設で過ごした
あの絶望の日々を、もしも懲役囚としてでなく死刑囚として過ごしたなら、冤罪の恥辱に耐える辛さ
とは別に、このまま疑いが晴らされないまま明日にも命を奪われてしまうのではないかとの思いから、
自分に残された時間を当てもなく勘定して、精神にやすりをかけられるような思いがしたのではあり
ませんか、と。誘導尋問っぽいかも知れませんが、きっと同意が得られるものと私は信じております。
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