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水戸斉昭と楽しい皇国史観

6大室寅之スレ:2003/06/24(火) 16:47
皇国史観の始りは水戸藩主徳川光圀が支那人亡命者朱舜水を水戸に招いて師としたこと
にある。光圀ら朱舜水の弟子達は舜水の影響で支那を理想の国家と考え、全てに支那
スタンダードを当てはめようとした。

その水戸藩が史書を編集することになった。支那絶対、支那理想視で書かれた歴史書だ。
(ただし明朝が滅亡し、現実の支那は蛮族に支配されるようになってしまったので、
この支那は理念としての支那だな)

水戸史学では日本と支那と少しでも違うところがあれば、それは日本の独自性ではなく
日本の後進性とされた。(まるで自虐的戦後民主主義者だな、水戸学派って)

で、日本の歴史と支那の歴史とどこが一番違うのか?幕府の有無である。だから水戸学
では幕府を朝廷に従属するもの、将軍は天皇の家臣と考えた。これが後に幕府を倒す
ことになる皇国史観の始りである。

だが朝幕体制とは権威と権力の分離であり、これは神聖ローマ帝国の教皇と皇帝の関係
やイスラームの大将軍にも見られる制度である。近代立憲君主制においても権威と権力
の分離が図られている。しかも日本人はこの制度を独自に考案したのであって誰かの
物真似ではない。

(これに対し古代の天皇制律令国家は随・唐の猿真似。近代天皇制は西欧列強の
猿真似。なぜ天皇や天皇を担ぐ連中は猿真似しか出来んのかね?)

幕府を軽視し、ついには敵視するに至った皇国史観は、支那の皇帝制度を理想視し日本
の独自性を認めようとしない思想の産物に他ならず、これこそ元祖自虐史観だ。


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