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ネットの議論ってそもそも意味あんの?
242
:
ヤスツ
◆0lcRIkF0ks
:2006/07/10(月) 03:12:27
>>238
私思いますに、ネットの議論で「責めることに快感を感じる」というのは、一種の麻疹のようなものなのではないでしょうか?
キャリアの浅い方が、必ず一度はくぐる門のようなもの、というか。
その昔、@が付かないNifty-serveがまだ初々しかった頃。そうですね。20年くらい前ですか?
当時のNiftyは半実名のネット社会でした(実名で登録、フォーラム内ではID表示なので、通り名としてのハンドルを名乗る。実名で登録しているので、問題が起きた場合に管理者は実体を特定できたわけですね)
でも、「実生活でのキャリアや肩書き」をネットに持ち込む人が後を絶えなかったんですね。
実生活では皆さん、社長や教授や先生などなど、社会的身分のある方が多かったんです。なぜなら、Niftyは有料で、しかもそれなりに高かった。パソコン通信をするためのモデムやパソコンそのものなど、経済的に余裕がないと始められないものでもあったわけですね。
そうすると、みんな実生活では偉い人なもんだから、「俺が俺が」「わしがわしが」となっちゃうわけです。
自分の常識や、自分が実生活では保証されている「周囲の配慮」を、ネットにも期待してしまうわけですね。
そうなると、これがもう凄く浅ましいというか見るに堪えない論争になるわけですよ。
立場自慢の人ほどその傾向が強かったのを今もよく覚えています。
そのうちに、身分を消し去って純粋議論に向かうようになっていくわけなんですけど、そこでもまた「立場上の常識」をタテに取る人が出てくるわけですね。
自分の立場では常識だ、というその常識を説明して同意や合意を導きだせばいいのに、「俺は知ってるけどおまえは知らないだろう!」という優越感を感じるための武器にしてしまう、という。
これは、Niftyなどのパソコン通信時代は、情報の扱いが「独占することで価値を持つ」というものだったからだとも思われます。
「論破する」というのも、「相手を情報量、情報の新しさで圧倒する」という、ディベートとはまた別種の「情報喧嘩」の一形態だったんですよ。
こうした意味での「論争や論破に快感を感じる」というのは、古いNiftyに限らず今もネットでの経験が浅い人は、必ず一度は通過すると思いますよ。
やはり自分の経験=相手は知らない自分の財産と考えますから、「私の経験は正しく正義で間違いがない!」と、どうしても思いこんでしまうんです。
だから、麻疹。
でも、それをあちこちでやってると、必ず上手がいるんですね。しっぺ返しを食らう。
感想さんは2ちゃんねるで発言したことは5回くらいしかない、と言いましたね。それが本当だとしたら、言い負かされた(ことを明確に自覚し、敗北を悟る)という経験はほとんどお持ちではないのでは、と思いますがいかがでしょう?
できれば、早い段階で「負けを経験した」ほうがいいですよ。
後になってからだと、方向修正ができにくくなって、どこまでも自分に固執し続けなければならなくなってしまいます。それは非常にマズイ。
では、麻疹を抜けたらどういった方向に進むのがよいのか?
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