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女帝問題

62ヤスツ ◆0lcRIkF0ks:2006/02/25(土) 02:04:34
人間は、己の信じることを最良・最善のこととして考えがちです。
今、私と友引さんがそれぞれ自分の主張をうまく伝えようとあれこれ悩んでいるのも
自分が信じる最善を相手にも理解して欲しいからだと思います。お互いに。

しかし、どこかにジャッジメントをする存在や、もしくは「その存在の顔を立てる」という
ことを名目に、対立する双方が【自分の主張を最優先として振りかざさない】ための
制限機構は必要なのではないかと思います。

その制限機構を、人類はいろいろな形として持っています。
アメリカ人が「神の名の下に」と誓って裁判で聖書に誓いを立てるのもそうです。
また、中東の人間が真実を口にするときにアッラーに誓うのも同じですね。

現代中国人が「共産党」という絶対権力に対する忠誠を強いるのも、似ています。
共産党の権威(これは権威と権力が一体化しています。権力に権威が内在されています)
が、その他の対立を共産党の名の下に許さないわけですね。
一般的な法治国家では概ね「法の権威」の下に人はいることになっています。
法は権威であると同時に、これもまた権力ですね。強制力を持っていますし。

前述の「アメリカ人の裁判前の聖書への宣誓」や「中東人のアッラーへの宣誓」は、
実は権威に跪いてはいるけれども、権力に跪いているわけではないんですよね。
「そうしなければいけない、と自分が認め、同様に他の人も認めているが、そうしない
ことに対する罰は、誰も下さない。そうしない場合に被る後悔はまた自分自身のものである」
わけでして。

で、話は脱線しましたが、このように「対立する立場の者同士が、その意見を互いに引っ込める
(=対立を妥結する)には、より上位に立つ「権威」が必要であることに変わりはない、ということです。

自民党と民主党が揉めていても、国会開催のときには天皇陛下の開会の詔の前で頭を垂れるでしょ?

私は「権威に阿ることが正しい」とか「権威に帰順または従うことが正しい」と言っているわけではありません。
解決が難しい対立があった場合でも、「顔を立てるためなら仕方がない」という口実として、また、
畏敬をもってそうする存在=権威があることの「良い点」を認めた上で、人が人の社会を形作り、
維持していくために権威は必要だと考えています。

今回の皇室典範の問題の根本は、「では、何に対して権威を感じるのか?」というところが、
人によって違ってきているというところにあるのではないでしょうか。

●直系=昭和帝の血を引くものに権威を感じる=女系容認論
●直系=昭和帝よりも遡って、昭和帝よりも古い血脈に連なるものに権威を感じる=男系論

ということなのだと思います。
昭和帝を絶対とするのか、それ以前の皇室の血脈の源流を絶対とするのかという点が
議論の断絶のポイントになっているのだということが、友引さん他の方々に理解して頂けている
ことを祈ります。


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