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靖国問題について考える

651ヤスツ ◆0lcRIkF0ks:2006/07/07(金) 16:48:41

ここまでを拝見して思ったこととして、おそらくは「自分は正しい」ということに対して、きっと確信を持っておられる方か、「自分は正しくないかもしれない」という疑いを自分に向けた経験が浅い方のどちらかではないかと思います。
自分は正しくないかも知れない、という疑いを自分に向けることは実際のところ誰にとっても難しいもので、40になろうと50になろうと退官して後輩を指導する立場になろうと、「自戒」ほど難しいことはないのだと思います。
それは私自身に対しても同様で、常に「自分の主張に誤りはないか、不十分な点はないか」と顧みる習慣を欠かさないようにしているつもりです。(もちろん、それが徹底できていないことも事実です)

が、他人の過ちを指摘するということは、自分の主張が正しいという前提に立たなければできないことでもあります。
その気持ちが肥大していくことによって、「尊大な裁定者」をいつのまにか自認するようにもなり、また、「サイレントマジョリティという多数派」が、サイレント(=沈黙)であるのをいいことに、つい「その代弁者」になったような錯覚に陥ることもままあります。

お若い方。
どうか、よくご自身を顧みてください。
他人を正すことに力を注ぐよりは、それを見て自分が不適切だと感じたなら、自分はそれを真似ないように心がける。
それだけで十分であって、自分を基準に他人をどうこうしよう、などと考えると、大いなる「別の正義による反撃」を受ける可能性があることを、体感してください。

といったところで、また沈思黙考無言の本業に戻ります。
靖国問題というテーマからは少々離れてしまいましたが、靖国問題もまた「複数の正義が存在し、その正義のうちのどれを正しいと、誰が判断を下すのか」という問題ともリンクしているということで。
多弁についてご容赦いただければ幸いです。




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