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靖国問題について考える
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「台湾人と日本精神(小学館文庫)」という本の中に、台湾人の著者が1968年に日本を訪れて靖国神社を参拝して、案内してくれた日本人と一緒に靖国神社のベンチで軍歌を2時間歌った下りがある(P202〜205)。
これを読んで思うのだが、軍隊経験者にとって軍歌は青春のⅠページだったり、歌うことは追憶だったりする。私の場合も「海の幹候」、「同期の桜」、「ラバウル航空隊」、「江田島健児の歌」などは隊歌演習で歌わされたので思い出が深い。歌ってる時はただ単にきつかった(時間がないのに、アイロンしないといけないのに、ベットが大破したのを修理しないといけないのにとか考えながら歌った)が、今は懐かしい。亡くなった同期と一緒に歌った思い出もある。
靖国神社に対する批判の中に靖国神社の展示館で軍歌がかかっていることを挙げるのがあるが、もう少し物事を深く考えたり出来ないものかと思う。
軍隊や戦争はきつくて辛いが、人間はアンビビバレントな思いを持つので軍歌を歌うことで追憶の情を持つこともあるということを考えないのかと思う(心理の面からアプローチして考察する)。そしてそういった考察の代わりに教科書的に「日本、軍隊、戦前=悪」、「軍歌=右翼、戦争肯定歌」なことからスタートするから、それに疑いを持たない教科書思考的な人間になってしまってそれらの前提に対して問いが投げ掛けられた時に満足に答えられないのではないかと思う。
そしてそうなると思考を止めてその前提条件を批判から守って温存するしかないのだろうな。
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