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靖国問題について考える
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>>591
>イカフライさん
>これは言葉の問題かもしれませんが「否定的な意見が多くの割合を占めていた」
>ということと
日本の場合は公的な圧力がかかることはありません。閣僚同士は別として、
日本国としては言論の自由は尊重していました。
ただ、圧力はどちらかというと庶民、マスコミの側からはありましたよね。
核(原爆)、軍事(自衛隊)忌避で、否定的意見以外は発言を封殺する空気はありまし
たよね。
一例を出せば災害の避難民輸送の時に主力は自衛隊でしたが、ほとんどの
マスコミはわずか数隻の海保を報道で流していました。これもどういった
土壌があったのでしょうか少し考えれば分かりますね。もっともここまでは
イカフライさん式の好き嫌い論かも知れませんが。
では核に関してはどうでしょう。核抑止力は勿論、戦略レベル、戦術レベル
で、核兵器の相殺による非核戦術という概念すら憚れていましたよね。
思い出してみてください。仮に60・70年代に政治家が中国の核に対して
抑止力として日本も核装備を出すと打ち出したらほとんどの国民はどう
言った反応を示していたでしょうか。そして、ほとんどのマスコミはどう
いった報道をしていたでしょうか。
好き嫌いはいいのですが、問題は冷静に議論できる環境下にあったかです。
で、戦後から90年代までの日本では冷静に議論できるような状況だった
でしょうか?
イカフライさんは
>「戦争は良くない」という当たり前の感覚が多かったことが一番です。
と言われていますが、基本的に世界中では共産主義と一部の国以外では
これは国是としても、また国民全体の共通意識ではあります。
ですが、日本の場合は戦争を防ぐために軍隊を持つ(力の均衡)、
戦争を仕掛けられないようにする(核による抑止)という、他の国でなら
普通に議論されてもおかしく無い問題でもタブー視されていましたよね?
それは庶民レベル、あるいは国民レベル、マスコミによる圧力が存在したか
らではないでしょうか?
60年代安保闘争の時は国民は深く「何故改定せねばならないか?」という
ことを考えたのでしょうか?とりあえず、「戦争=悪」、「同盟=悪」、
「アメリカ=悪魔」式の程度の考え、あるいは理念追求現実無視的な考え
によるものではなかったでしょうか?
また、90年代もPKOの時は「戦争に巻き込まれる論」で市井の反対意見は
大きなものがありましたが、現在は地雷除去程度に関しては誰も問題に
しませんね。
私自身も関わっていたのですが、現在は経済産業省、防衛庁、文部科学省
と一般大学が普通に地雷除去プロジェクトをしています。これもやはり
国民全体の意識が変わったからでしょう。
個人的体験を交えても意味が無いので言いませんが、例えば町の図書館に
言ってみたら90年代までの空気が分かると思いますよ。本として、公的な
ものを出す際の基準が。
勿論、日本全体は自由な国ですし、私に言われるまでもなくイカフライさん
自身が経験されていたと思いますが、ただ90年代までは明らかにタブー視さ
れたことが存在し、次代によって変わりますが、様々な形で庶民からの圧力
が存在していたとは思いませんか?
で、中国や韓国では、一見今の日本のように若い人が伸び伸びとしていますが、
ただ建前的には90年代までの日本のように日本に関することでタブー視される
こと、あるいは忌避せざるを得ないことが存在しているのではないでしょうか。
そう言えばこの前韓国の大学教授が親日的な発言で社会的制裁を受けて辞職
したことがありましたが。
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