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靖国問題について考える
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剣恒光さん
>>独裁政治を行うのは、なにも一個人である必要はありません。一つの命令系統である必要もありません。
>既に、独・裁という、言葉の意味から外れていると思うのですが。
いや、軍部という集団であってもいいと思いますよ。個と独。独は連れがないこと、個は数の単位としてのいちこ(一個)。
耐震偽造で言えば、姉歯だけに内河だけに責任を負わせられないからといって、責任がないわけではない。
建設集団全体を、一つのグループ(独)ととらえ、それら全体を加害者として(もちろんその内部の責任に軽重はあるとしても)追求しなければ、被害者の自己責任ということになってしまう。
軍部という集団の、軍部独裁ということばもありですよ。
そうでないと言われるなら、戦争・占領・被空爆・被爆・敗戦、それらの一連の行為を、一億層責任であるとお考えですか?
>>抗うことの出来ない強制力で民衆の行動を規制
>これは民主主義であろうとも、社会主義・共産主義で有ろうともおこりうる
というか、社会を形成すれば、自由行動の規制が付随するものだとおもう。
>自由と平和は相反する理念ですから。
>人を殺す自由
>物を盗む自由
自由主義社会であっても、他人の自由を侵すことは許されませんね。
自由とは、自己だけの自由ではなく、他人の自由も守るという意味を持っています。従って、殺す・盗むということによって他人の自由を奪うことは認められません。
その点が理解できれば、自由と平和は、相反する理念ではありません。
民が主であるなら、民の自由を最大限に守るルールをつくるでしょう。
「抗うことの出来ない強制力で民衆の行動を規制」というのが、殺人や盗みを規制したという意味ではないことはご存知ですよね。具体的には、大まかに言って、思想信条の自由を規制したことを指します。
(付録)全くの余談ですが、耐震偽造問題で、面白いプログがあるのでご紹介します。
http://kikko.cocolog-nifty.com/kikko/
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