したらばTOP ■掲示板に戻る■ 全部 1-100 最新50 | メール | |
レス数が1スレッドの最大レス数(1000件)を超えています。残念ながら投稿することができません。

靖国問題について考える

304ヤスツ ◆0lcRIkF0ks:2005/12/06(火) 07:27:36
wikipediaにつきましては、ことに政治的・思想的・歴史的項目については時折「恣意的偏向」が見られますので、盲信はなさらないほうがよろしいかと。

また、友引さんがそうかどうかはわかりませんが、「自分はその時代を生きている。自分の体験と見聞は、その時代の全てを把握している」という認知方法は、往々にして視野狭窄に陥りがちです。
NETでの議論では、発言者のプライベートな背景は相互に検証不可能です。
である以上は、「自分の見聞した体験」「自分が見聞したという事実」というものは、「検証不可能な一情報」でしかなく、あまり大きな説得力を有しているとは思いがたいです。

独裁政治は「人治主義」の極まった形でもありますね。
が、戦時下にあっても日本は(それが半ば建前であっても)、剣さんの仰るように「法治主義」は生きていたようです。
軍のあらゆる行動の多くは、「命令」によって執行されていましたし、内務省他多くの行政府の行動は当時の法令に基づいて行われていたという、多くの命令書や手続き書類が残っていますし。
戦争末期の日本が「先軍政治」に陥っていたことまで否定するつもりはありませんが、「先軍政治」と「独裁政治」はやはり違うのでは?(というか、「先軍政治」が何を意味するかは理解なさっていますか?)
例えば「軍が独裁をしていた」という物言いを、戦争が終わってから高等教育を受けた世代(学生運動を謳歌し、高度成長期の恩恵を謳歌した世代)は言いますけれども、それでは軍を我が者として動かしていた「独裁者」は誰でしょう?
近衛文麿でしょうか? 東条英機でしょうか?
私が認識する、歴史上(とりあえずこの100年間くらいの、特に大物の、と限定しましょう)の独裁者と言えば、「ヒトラー」「スターリン」、ちょっと小さくなって「金日成」といったところです。
彼らは粛正と超法規的(つまりは人治的)な手段で統治・行政を行ったが故に「独裁者」と呼ばれるわけですけれども(ヒトラーはその初期は民主的手段で選ばれていますが)、近衛文麿も東条英機もそうした、イメージされやすいところの「独裁者」でしょうか?

それでは、中国共産党がそうであるような「集団としての独裁組織」でしょうか? 旧日本軍はそうだったでしょうか?
どちらかというと、旧日本軍というのは「決定的な決断を下す判断者・責任者が不在の集団」であったという事例のほうが多く発見されているように思われますが。(トロイカ制の問題点露呈というか。軍が統一した意思を末端に強要できる「独裁」集団であったなら、あれほどまでにバラバラな戦略にはならなかったのでは、と思いますが)

敗戦の結果として、戦勝軍が進駐(と言う言葉は当時作られたわけで、実質は占領なわけですね)軍が日本に駐留したのは仰る通りですけれども、それは「敗戦の結果」であって、「軍国主義のせい」というのも違う気がしますが。
軍国主義でなかったとしても、敗戦したら占領は受けると思いますが?

靖国神社(これがこのスレの本題でしたね)については、おそらくここまでに何度も挙げられていると思いますが、「戦争遂行(悪事を行うための懺悔の場所)のための神社」ではなかったと思いますが。
まあ、戦前を生きているわけではありませんから、当時闘った世代の心中は察しかねますが、戦後の靖国神社の指向する方向については「戦死者の供養」と「不戦の決意」と認識していいと思いますが。
というか、友引さんはもちろん少なくとも一度は靖国神社を訪ねていらっしゃるのだと思いますが、やはりダメなんでしょうか?




掲示板管理者へ連絡 無料レンタル掲示板