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靖国問題について考える
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イカフライさん
> 私は、この議論を読んでいて、大神さんと友引さんは意見は相反しますが、同じベクトルを感じます。
靖国参拝の重み、という。
なんというか、対立する宗教の信者が、争っているような。
そう、確かに、全く価値観の違うもの議論なんて、宗教論議と同じで、無意味ですね。
ただ大神さんの議論の寄るところは、単純に右とも言えず、(時には、笑いを取りに来ているのかとも思って)理解に苦しみます。
例えば、「無知以前に個人名を晒せというのは非常識」といわれていますが、私は「顕彰」には反対だけど、自衛隊員の、訓練死による祭神(がいるとしても)を「名を晒」してはいけないほど、個人的な不名誉だとは思っていません。
名を隠して祭神になることに、大神さんはどんな価値をおいているのかと思います。
メリットデメリット論議
油田その他、実際の利害を伴うことに対する交渉は、意義があるというか、必要なことだと思います。
そしてその交渉には「落としどころ」もあります。
しかし、靖国参拝は、全く、感情の分野なので、交渉のテーブルにも載らないし、落としどころもありません。
ではメリットもデメリットもないかというと、民意をつくりあげるという側面があり、それに対する価値観のベクトルが反対に向いているのです。
小泉以下、みんなで参れば恐くない議員連が譲れないのも、(新しい祭神になりたいという)精神の高揚をつくりあげる、彼らの価値観から来るメリットです。
私の価値観からの最大のデメリットも、新しい祭神を一柱もつくり出してはいけないというところにあります。
近隣諸国の恐れも、かつての一億玉砕神風精神の復活でしょう。
→現在の軟弱青少年の姿からは起こりえないと思うでしょうが、私は結構、起こりえる現象に思えます。
この「精神分野の価値観」(イカフライさん的にいえば「宗教」のような)の違いがはっきりした上で、議論の方向をどうもって行けばいいでしょうか?
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