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万博で新しい紛争解決の糸口、コミュニケーションの方策を探る

83ヤスツ </b><font color=#800000>(CnaUXqoo)</font><b>:2004/07/08(木) 21:55
>>82

平和と安全を混ぜている時点ですでに落第です。
それ以後の部分はすべて解答する必然がありません。

が、優しいから答えてあげましょうね。

「自分(=我々)を守るために、自分以外(=我々ではない)を抑圧・排除する状態」

は、「自分(=我々)」にとっては、正しいんです。
間違いなく。何の疑問もなく。
これは、「自分を救済する、または自分の安全を守る」という問題を「問題A」とした場合、問題Aにおいて、この選択は何の疑惑もなく正しいんですよ。
「相手を救済する、または相手の安全を守る」という問題を「問題B」としますが、問題Bは、あくまで「問題Aが解決された場合に、慈善的に考えること」です。

安全というのは、「平和」とはまったく違います。
安全というのは、対立や競争、戦争が起きた(起きうる)場合に、当事者のうち一方が限定的に得られる状態です。
対して「平和」というのは、当事者の全員が安全を得られる状態でしょう。

最上の状態、ベストは「当事者の全員が等しく安全を得られる、平和という状態」なのでしょう。
しかし、一足飛びにそれを目指すことは不可能だと何度となく申し上げました。
また、「自分自身の救済、安全の確保を蔑ろにして、全体の平和を求める」というのは矛盾した行動です。
「自分自身の救済、安全の確保を放棄することで、自分以外の安全、平和を実現する」というのは、ただの自殺行為です。
そして、自殺行為に荷担する人間に、安全の確保や平和への努力は不可能だと言っているのです。

私個人の信条を申し上げれば、「まず自分が安全であること。自分に与する存在が安全であること。その上で、自分と対立の恐れがある相手も安全を得ること」と、安全の確保には優先順位があるということです。
例外として、「自分の愛する者を先に助ける。その上で自分も助かる」などのように優先順位が入れ替わることはあるかもしれません。
しかし、その場合でも、「自分と対立する敵を先に助け、その後に自分もしくは自分の愛する者を助ける」といった順位の逆転はあり得ない、ということです。
全部取りはできないのです。必ず「順番」があるのです。

優先順位の決定には、必ず「1位になれない2位以下」という存在を生み出します。
沈没しかかっている船があるとき、道義的問題を別にするなら脱出すべき第一位は自分です。
この意見は「自分が助かれば他はどうでもいい」とイコールではありません。
そういうところで「自分の思い通りではないから、すべて二者択一」というのはタダの考えなしのすること。
ですが、「自分を救済する可能性」は捨ててしまってはいけません。
特例的な要素がない場合で、自分以外の要素が「対立相手」しかない場合は、優先順位の第一は自分です。

これは排除の理論では

                   あ り ま せ ん。


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