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万博で新しい紛争解決の糸口、コミュニケーションの方策を探る

77ヤスツ </b><font color=#800000>(CnaUXqoo)</font><b>:2004/07/07(水) 01:08
以前にも、「平和とは、戦争と戦争の間隙にある一時的な状態に過ぎない」という説を述べたことがあったと思いますが、まあ覚えてないんでしょうね。

さて。「安全」というのは、最小単位で言えば個人でしょうね。最大単位で言えば、今のところは国家となります。
安全というのは常に「安全を脅かす相手」がいることが前提になっており、相手を何らかの方法で排除する、駆除する、消滅する、無効化することが、自分及び自分と同じ側にいる者の安全を保証する、ということになります。
「安全が得られた側」が個人であれば「安全は安全」、安全を得られた側が二人以上の複数であったならば、「安全を得た側の複数の人間の間に、平和を生子させる土壌が生まれる」です。

安全を脅かす相手との間に、対立を消滅させるなどの解決が図られれば、その特定の相手との間には「安全保障」が得られますが、それをすべての「自分以外」との間に成立させることは不可能です。

となれば、「全人類の平和」(=対立する相手がいないこと)という実現不可能なことは、「最終的な到達点」であるわけで、その手前、その第一歩の「安全保障」を考えることのほうが優先だし急務ということになります。


ただ、「安全保障を得るための方法」が、必ずしも「相手を消滅させる」ということだけではありません。
対立議題さえ消滅すれば、極論すれば相手が消滅しなくてもいいわけです。
しかしどちらも譲らない、相手も譲らない、こちらも譲るわけにはいかない、ということになりますと、問題は消滅させられず、対立相手を消滅させることでしか、「自分の安全」を計ることはできなくなります。
まあ、それが戦争だと思うわけですが。

で、ここで問題です。
「平和を希求する」というのは、「対立する相手Aの安全について、対立している本人Bが考慮する」ということです。
これは、AとBが双方同じ考え(この場合、対立の回避が最優先)になっているなら、「対立を回避するために問題を消滅させる」という合意も可能かもしれませんし、いわゆる「双方が平和」な状態も得られるでしょう。
しかし、A、Bどちらか一方が同意しない場合、一方だけが相手のことを考慮していても、もう一方が相手を考慮しなければ、まるで無意味になってしまいます。
そうなると、「平和(=それに拘わる全員の安全)」は得られず、どちらか一方の保身のための「安全」までしか得ることができなくなります。

考えるべきは、「自分が死んでも自国が滅んでも、自分と対立する相手が生き残ることを選ぶ」ということではありません。それは自殺でしかありません。
まず第一に「自分が生き残る。対立する相手に対して自国の安全が図られる」ことが最優先で、相手国の安全は【次善でしかない】ということです。
自国の安全が図られた上で、相手国の安全も保証されるのがベストでしょう。(所謂集団安全保障というのはそういうものでしょ?)
が、相手との間にそういった同意が得られない場合は、あくまで「自国の安全」が優先事項であって、それ以外は「どうでもいいわけではないが、優先順位は低い」となります。

と、あんまりたくさん説明すると理解できないんですよね。
少し戻りましょうね。

「安全を希求することは可能である」というのは、あくまで「自分」「自国」です。同じ考えを持つ共同体でもいいですよ。
その上で、「我々」というのも、「自分とそれが属する共同体」までが「我々」の範囲。日本語としては普通はそうなんですが。

対立する相手、相手国というのは、「彼ら」ですね。そして、「安全について考える」場合は、安全の恩恵を第一に受けるのは「我々」です。
「彼ら」の安全は、我々の「次」です。
結果的に我々と彼らの双方に安全がもたらされる場合でも、優先順位で言えば「我々」の安全の獲得が先です。
相手が先、ということであれば、それは自殺でしかない、ということです。何度も言いますが。
双方同時に、と言いたいのでしょうが、「優先順位」というものを考慮するなら、名簿の先頭にはひとつの項目しか入れることはできません。そのとき、相手と自分のどちらを優先するかと問われたら、優先するのは自分、自国である、ということです。


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