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万博で新しい紛争解決の糸口、コミュニケーションの方策を探る
191
:
ヤスツ
◆0lcRIkF0ks
:2006/01/08(日) 16:20:05
>>190
つまり、
・個人間でつかみ合いの大げんか、殺し合いをするに至る方法は解決できない
が、
・そのつかみ合いの大げんか、殺し合いをする個々の人間を、それぞれの勢力内に含んだ「集団」間の宥和は可能である
ということでしょうか?
もちろん、個人間の対立に高度な軍事力の行使や派閥のパワーバランスによる駆け引きは存在しないのでしょうが、「子供の喧嘩を仲裁できない者が、大人の喧嘩を仲裁できる」と言われても説得力はありません。
その意味で、ミソもクソも一緒ですよ。
マクロな解決のための手段は、ある程度の簡略化はされるものの、その基本的な公式はミクロな解決にも援用できて当然と思いますが。
子供の喧嘩を大人が仲裁できるのは、双方の話し合いを促す以前に「より強大な権力で、双方の衝突そのものを制止する」からですよね。
大人(国・地域など)の対立の仲裁も、より強力な権力(それは国連決議だったり、その決議を背景にした軍事力だったり、経済制裁だったり)で、双方の衝突そのものを制止する、というところから入るじゃないですか。
ミクロな方法は、マクロでもほぼ似たような動きをする、ということの好例と思いますが。
この場合の例えが正しいかどうかわかりませんが(中葉さんが理系なら通じると思いますが)、そうした「コミュニケーションによる対立解消」というテーマにあっても、マクロとミクロの相似性と言いますか両者のフラクタルな関係は保たれているように思われます。
もちろん、この「大きな権力で強制的に介入するという方法はうまく行っていない」という意見を中葉さんはお持ちなのでしょうから、「万博で新しい紛争解決の糸口、コミュニケーションの方策を探る」というテーマを掲げられたのだと思います。
が、「万博では成功裡に終えた」とされる理論は、結局の所現実に援用できる見通しは立っていないようですし、加えて「マクロには応用できるが、ミクロには応用できない」といういびつな(そしてそれは説得力のない)ものになっている、と仰る。
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