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誹謗中傷って、何?
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スライムベスさん
>ドイツ政府の閣僚が「アウシュビッツの虐殺は無かったんじゃないの」
と言い出したら大問題になるのと同様でしょう。
全くその通りと思います。政府自身が認めたことですからね。
日本政府見解が全く信用できないとなると、国際的孤立もやむを得ません。
抗議の仕方はともかく、内容においては、差別問題をはるかに超えた国際問題です。
議論があるとしたら、被害者の人数くらいでしょう。
南京大虐殺については、イカフライさんにスレ違いといわれていますが、「内容」が深くかかわっている以上、ある程度は仕方がないでしょう。
wikipedia
日本軍は1937年12月13日の南京陥落の翌日から約6週間にわたり、南京城の城内・城外の掃討を行った。城内は主に第十六師団(師団長:中島今朝吾)が掃討を行った。 その際に南京市民や中華民国軍捕虜の相当数を不法に殺害し、また同時に非武装の兵士や市民に対する殺戮だけでなく、掠奪や放火、強姦が多発した。
当時の中国政府が、この事件を公式に非難したという記録は無いと言われていたが、中国が国際連盟で上海事変以降の日本軍の暴行を訴えていた記録が発見された。
この事件は主に軍人や外国の情報に触れる事の多かった外交官の間で伝わっており(前者の代表的な例としては陸軍中将 岡村寧次関係の記録が、後者の代表的な例としては外務省欧亜局長 石井猪太郎の日記が、夫々挙げられる)、日本の民衆の間でも流言蜚語として広まっていた(流言の伝わるルートとしては軍人が戦地から内地に宛てた手紙が挙げられる)。また、日本の外へ目を向けてみると、欧米では『シカゴ・デイリーニューズ』や『ニューヨークタイムズ』、中国では『大公報』などのマスコミによって“The Rape of Nanking”、“Nanking Atrocities”として報道されていた。
南京に在留していたジャーナリストは日本軍の南京占領後しばらくして脱出したため、事件の全容が報じられたわけではないが、事件初期における日本軍による殺人、傷害、強姦、略奪などの犯罪行為がほぼリアルタイムで伝えられていた。無線が日本軍によって管理されていたため、彼らは南京を脱出して日本軍の占領後に行なわれた略奪や大量殺害を船舶の無線を使って報道した。
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