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テロ対策

214D.R.:2004/04/25(日) 20:32
今回の人質騒ぎで、最近考えている事は、
ボランティアという事に免じて、どこまで大目に見るのか、
そもそも、無償の行為の尊さとは、どれほどのものなのか、って事です。

まず、ボランティアをするような人間は、基本的に人間として
しっかりとした常識を持ち、一人前でないといかんと思ったのよね。
他人の面倒を見ようって人なんだから、自分の尻は拭ける人間であること、
そして、他人に自分の尻を拭かせたのなら、素直に「ありがとう」「すみません」
が言える人間である事が必須では無いか。
しかるに、学校出たてでこれから社会に出て経験を積むような人間が
まず物騒な場所に行ってボランティアをするという行為自体、
あまり感心できんのでは無いかと。
ボランティアで恵まれない人の役に立ちたいのであれば、まずその主体である
自分を一人前にするところから始めなければならなかったのではないか。
「おれもイラクの人の役に立ちたい、立つべきだ」ってのは良いが、
それに加えて「おれにも出来そうだ」って安易に思ったのならば
ある意味ボランティアを舐めている。
それならば、駅前の募金に100円でも1000円でも寄付して、
イラクのために何かをしたというささやかな満足に浸っている
連中の方が、まだ分際をわきまえ、身の丈にあった事をしている
と言えよう。
そう考えると、被害者ではあるが、人質となったボランティアの人に
対して少し腹立たしいものがある。

・ボランティアだからと言って大目に見られるにも限度がある。
 個人的には、物見遊佐でイラクに行って捕まるよりはまし、程度。
・ボランティアがなんでも尊いとは限らないのではないか。
 むしろ、ボランティアにも貴賎はある。


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