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売買春の是非について語れ!
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政治は、政治の恩恵または影響を受けるものが、政治の力学を
仮に理解していなくても、実行効果は期待できる。政治とは、そう
いうものだからだ。
社会学/社会科学は、政治のように能動的な働きかけによって
必要な具体的成果を得ることを目的にしているわけではなく、
「朝顔に水をあげたら花が咲きました」という観察日記を書いて
いるのとレベルとしては何ら変わらない。例えば、観察の仕方
を変えることで朝顔の開花率を早めることや、開花する花の色を
変えることができるわけでもない。朝顔の鉢をより多く観察する
ことで、「7月20日あたりから咲き始める。例年より早い、遅い」
という報告ができ、「今年は寒かったから開花は遅めだろう」と
いう予想ができるに過ぎない。
ただ、社会学を志向するものの大部分がダメダメな理由も、この
三毛猫ナナに顕著に見て取れる。
三毛猫ナナは、「なぜ朝顔の開花が例年より遅れるのか」につい
て、原因であるところの「冷夏」や「寒いと植物の成長は鈍化する」
といった経過や成因を、順を追って説明する能力がない。
ここで、「冷夏による低温は植物の成長を阻害する」と述べること
で三毛猫ナナは「自分は十分な説明を果たした」と考え、それ以上
を説明する努力を辞めてしまう。
ところが、目の前にいるのは2年1組の児童さんだったりした場合。
三毛猫ナナは、「小学生風情が朝顔の開花が遅れる理由を理解
しようというのは、事前準備が不十分である。自分は説明責任を
果たした」と言うばかりで、児童さんには理解が行き渡らない。
これでは、「説明をした」ことにはならない。説明は、聞き手から理解
を引き出すことが目的の行為だからだ。
ということは、2年1組の児童さんたちには、
「寒いと植物はあまり育ちません。日当たりが悪いので光合成も
あまりできず、栄養ができないので大きくならず、花もなかなか咲
かないのです」
とかみ砕いて言わなくちゃならず、なおかつ、
「ハーイ、センセー、ヨクワカリマチター」
と言わせるところまで行かなくちゃ無意味。
社会学者は、自らの行動や考察の結果を説明する能力が、著しく低い。
これが社会学を志向するものの個人の個性なのか、社会学/社会科学
というものが持つ学問としての個性なのかを、三毛猫ナナ一人の行動
から断じることは難しい。が、三毛猫ナナが、自分の行動の正当性の
根拠を社会科学/社会学に求めれば求めるほど、俺は社会学への
疑念が濃くなっていくんだよなあ。
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