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売買春の是非について語れ!
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意見させていただきます。
この売買春を巡る議論は、売春という行為の正当/不当を論じることなしには語れません。
買う側が悪いというのはもっともな意見ですが、そもそも売り出されなければ買うことはできないわけですから、買う側だけを諫めて売る側を野放しで罰しないというのは間違っていると思います。
そのための売春禁止法です。
しかし、その一方で売春をしたいという個人の自由意志を、当事者ではない第三者が勝手に束縛することは許されるのでしょうか。
安楽死の自由、自殺の自由があるように、売春の自由、売る自由も許されるべきなのでは。
そういう意見をお持ちの人はこのトピにもいらっしゃるようです。
私は個人の自由意志は尊重されるべきだという点については同意したいと思っています。
しかしこれには例外が存在します。
例えば、自殺です。
自殺というものは本人が本人の意思によって行い、他人に被害を及ぼすことなく自分自身の命を絶つ行為ですから、犯罪とは言えません。その意味で、「自殺する自由=個人の意志を尊重するべきだ」という考え方があります。安楽死に関しても同様の論議があります。
しかし、自殺を思い立ち実行する人の実に八割近くが精神疾病を患い、その精神疾病によって正常な判断が下せなくなった中で自殺を選んでいます。
正常な判断ができない人が自殺をするのです。
正常な判断の中で下された個人の自由意志は尊重されるべきですが、正常な判断ができない人が誤って下した判断は、正常な判断力を持つ第三者が差し止めるべきです。
その意味で、自殺を第三者が止めることは、自殺志願者本人の自由意志を尊重すること以上に正当化されると思います。
これと同じ理由で売春を行おうとする者の自由意志というのも、第三者が阻止することができると思います。
売春は自傷行為や自殺などの自分に傷を負わせる行為の変形です。つまり、売春を行うものは何らかの精神疾病を患っており、正常な判断ができない状態にあると考えられます。
これは精神疾病から自殺しようとするものと同じ論理で説明できます。
以上から、売春をしようとする者には正常な判断力が失われている、精神疾病に基づく自殺志願者と同じと判断して、本人の自由意志よりも善意の第三者の阻止行為のほうが正当化されると結論できます。
この主張は、売春は自由意志によって行われるものであり、本人の自由意志を尊重する態度を採るなら止めることはできないという主張に対して、反論として行うものです。
売春をするのは、貧困だからではありません。精神疾病を患い、正常な判断力を失っているからです。
そうした可哀想な病気(性病以外の)を持っていて、自分で判断ができない人が、自分を傷つける行為を止めることが急務であると思います。
提案としては、売春を行う人に対して精神疾病の診断を下し、政府による何らかの保護・補助を行えるようにするのが適切だと思います。
この意見にご賛同いただければ幸いです。
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