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売買春の是非について語れ!
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>>151
>すみません、>>135のa,b,cについてはあんまり突っ込んだ議論をする必要性を感じないんです。
「売春が(ほぼ)明らかな自己の権利の侵害である」とはとうてい言えないわけですから。
明らかな自己の権利の侵害であるととらえる人も多いです。
「誰の目から見ても」ということにならないのは、その権利侵害が「見えない」に過ぎないと私は思っています。
そこで、「奇形そのものを見世物にする、見世物小屋」というのを考える素材として出してみました。
日本にも30年位前には、そういう見世物小屋があったそうですし、
途上国には今でもあります。
☆奇形障害を抱えて稼ぐには、その仕事しかない。
☆本人自身が舞台にたつことで、人に注目される喜びを持っている場合もある。
この本人の意志・希望というものをどうとらえるか。
☆何度でも見せることが出来る。(イカフライさんがよく言う「減るものではない」に当る)
☆見世物小屋主の搾取はあるが、搾取が少なく人情味のある小屋主もいる。
このようなことが数々言えたとしても、先進国ではこういう見世物小屋を人権侵害ととらえます。
民意が高まり人権意識が出てきたということでしょう。
私は何より、自分との性交を欲していない相手との性交を、平気で出来る神経が
見世物小屋で楽しむことの出来る神経に似ていると思います。
売り物か売り物でないかの区別はしたとしても、
売り物になりうる「モノ」であるととらえることによって
「身体で払ってもらおうか」の冗談、
「けちけちするな、減るものではないだろ」との捨て台詞、
その他様々なセクハラ発言が出てきます。
発言のもとには「モノ」視の観念があります。
モノ視に対する理解が進み民意が高まれば、
「売春が(ほぼ)明らかな自己の権利の侵害である」といえるようになると思います。
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