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売買春の是非について語れ!
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>>137
>>ところで、「傭兵」はどう思われますか?
>傭兵か正規軍かの区別以前に、
>軍隊そのものが究極の人権侵害装置だと思います。
>個人的には何の恨みもないもの同士が、殺し殺される装置です。
まあ、確かに軍隊って言うのは究極すれば戦争する為のもんですからね。
戦争なんて、どんなきれい事言っても殺し合いですなら。
で、武蔵さんのお考えでは
「本人がそれを望み、他に職業選択の自由があり、経済的にも逼迫していない状態で、自己決定として」
傭兵の職業についたとしても、社会が許容すべき職業ではない、ということでよろしいのでしょうか?
ただ、そうなると、軍隊そのものの否定に繋がるので、では、非武装は可能か?という議論になって、それこそスレちがいになりますので。
で、とび職やスタントマンなど、命の危険性は高いが、それらの職業は許容できると。
>木刀を使って技だけを競い合うゲーム
これは、例えば格闘技なんかもそうですね。プロボクシングの選手なんかは、非常に職業的リスクは高いです。網膜剥離やパンチドランカ−、確か有名な選手で引退後は車椅子だった、という話を昔聞いたこともあるんですが。
(誰だったか忘れましたが)
けれど、これらは許容できる。
では、この境はなんでしょうか?
a,b,cとして、奴隷契約、臓器売買、奇形の見世物、とあげておられますが、なぜ、売春がスタントマンやとび職、清掃員や冷凍倉庫の作業員ではなく、これらと同一に語られるのか?
例えば奴隷契約に関しては、その個人の一生の権利が買主(ご主人様)に帰します。
どこかに売られても、文句は言えない。
けれど、売春婦は、別に退職することは自由ですよね?(借金で縛りつけられているとかではない限り、で、借金はまた別の話です。ロ−ンで会社辞められないサラリ−マンと同じですから)
あと、臓器売買に関しては、特に健康上の問題、医学的な問題のほうが倫理面より大きいと思うので、売春と同一に語ること自体、実は良く解りません。
見世物小屋に関してですが、これも、スライムベスさんのいうように線引きは難しいです。
ホ−キング青山という障害者のお笑い芸人をご存知ですか?彼は、自由意志で自己決定によってお笑い芸人になりました。
彼のライブを見に行く観客も「ホ−キング青山」という芸人の芸を見に行くのであって、無名の障害者を見るのにわざわざ足は運ばないでしょう。
けれど、彼は障害者であり、彼のネタは障害をモチ−フにしたものです。障害と芸は、ホ−キング青山においては切っても切り離せないものです。
見世物小屋を否定する場合、その境はどこになるのでしょうか?
売春の線引きと見世物小屋の線引きはこの辺りにありそう、という予感はしています。
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