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戦争と性−進駐軍慰安婦より
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慰安所設置の概要は記述してきた通りですが、慰安婦はどのようにし
て集めたのでしょうか。ここに「ぬけられます」で有名な玉の井の組
合長であった国井茂氏の聞き書きを転載します。一部中略しています。
また、読みやすいように行間を空けている箇所もあります。
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昭和十二年(1937年)十一月、第二次上海事変で上海が陥落し
て間もない或る日、玉の井銘酒屋組合長国井茂宛に一通の電報が舞い
込んだ。
「キタル二〇ヒゴゼン一〇ジリクグンショウマデシュットウセラレ
タシ」
(転載者注:来たる二十日午前十時陸軍省まで出頭せられたし)。
実際には陸軍省何局とか何部何課とか指定があったにちがいないが、
筆者にその話をした時の国井さんは八十歳を超える老齢だったので、
そこまで細部を記憶していなかった。
第二次上海事変で日本と中国が全面戦争に突入した時期だったので、
この非常時に淫売宿をやっているとは何事かという叱りを受けるので
はないかと、国井組合長は最初に思った。
そこで国井は、副組合長や組合の幹事たちに、どうしたものかと相
談してみた。
誰も明快な判断を下せる者はなかった。
「陸軍省ともあろうものが、公式文書ならともかく電報をよこすなん
て、こりゃアわれわれの商売を嫉んだイヤガラセじゃないのか」
そういう者があった。
「本当に陸軍省のお達しなのかどうか、問い合わせてみてはどうだろ
う」という意見も出たが、それもかえって藪蛇ではないかという危惧
の方が強かった。
何しろ弱い商売である。もともと法網をくぐる密淫売で、月に一回
業者の誰かが、二十九日間の拘留を食う慣行で、警察との馴れ合いと
はいうものの、辛うじて営業を続けているくらいだから、お上の一言
でたちまち明日からでも営業停止を食う心配がある。
「こうなったら一か八かだ。ともかく行ってみたらどうだろう。悪戯
なら悪戯でお手数をかけましたとあやまって引き下がればいいじゃな
いか」
結論はそういうことになった。
昭和六年満州事変がはじまってこの方、業者も相当神経を使って来
ていた。出征兵士があれば、酌婦を督励して愛国婦人会の襷をかけさ
せて歓送させ、慰問袋を作っては陸軍恤兵部へ寄贈させもし、国策遂
行へ協力して来た。
それというのも、時局柄怪しからぬと睨まれたら、五百軒の玉の井
特飲街の銘酒屋は潰滅し、千人を超える酌婦に投資した資本は回収が
つかなくなる。文字通り死活の問題だった。続きます。
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